Category Archives: くまのかたこと

「海にそうて歩く」番外編5 木村満さんのはなし

そこから雄勝天然スレートの木村社長を訪ねた。国産スレートで唯一の会社である。その話がおもしろい。
「うちの初代は木村幸治と言って、もとは船乗りだったが明治17年に創業しまし…

「海にそうて歩く」番外編4 雄勝の千葉茂さんと再会

雄勝町町役場の千葉茂さんが迎えに来てくれた。町の産業振興課にいたころ、私たちの赤煉瓦の東京駅の保存運動を知り、連絡を下さった。そして雄勝や登米からはたくさんの保存賛同署…

「海にそうて歩く」番外編3 登米を見学

登米で降り、重要文化財の登米小学校、隈研吾さんが建築学会賞を獲られた能舞台などをみる。鰭武旅館は古い建物で、スポーツ大会に出る高校生で上を下への大騒ぎだった。玄関に運動…

「海にそうて歩く」番外編2 マグロ漁船今昔

8月8日
朝寝坊して朝ご飯。春菊のおひたしのこの力強さ。卵豆腐、卵焼き目玉焼き、生卵と四つも卵料理があるこの贅沢。
マグロ漁船今昔
8時すぎ気仙沼の港へ行った。高知、三重、

「海にそうて歩く」番外編1 遠野‐気仙沼‐大谷海岸‐柳津‐登米‐雄勝 2003

(2009年に朝日新聞出版から出した本です。そのなかの牡鹿半島編はたった9枚しか、当時の連載媒体『アサヒカメラ』に載りませんでした。元のメモを起こし、写真とともに被災地…

震災日録 3月11日 紫のヒヤシンス

真理ちゃんにもらった白いヒヤシンスが終わりかけた頃、紫のヒヤシンスが咲き始めた。去年、真理ちゃんにもらったもの。こんどはカイドウのつぼみが開きそう。でも去年はピンクだっ…

震災日録 3月10日 しつこいようだが……

きのう恵美ちゃんと話したことを反芻した。
1、たしかに公務員の待遇が社会の基準となっており下がれば民間も下がるかもしれない。
2、しかし給与ベースで比べてもしかたない。ボ

震災日録 3月9日 公務員に思うこと

恵美ちゃん(このブログの伴走者)が白山に来たので、穴子重を食べに行った。
きのう友人の部屋で見た『原発マネー』の番組で盛り上がる。自治体や県にばらまかれたお金は3兆円。

震災日録 3月8日 群馬の山を除染すると……

忙しいので丁寧に料理を作る暇がなく、スーパ-で野菜の他、ラーメンやチゲの素、ベーコンなどつい、便利かなと買ってってきた。これが食べてみるとみんな化学調味料で舌がびりびり…

震災日録 3月7日 いまさらでも福島の子どもたちを避難させたい。

昨日はねられなかった。「ふくしま集団疎開裁判」に関するホームページや映像を見、いままでそれほど関心をもたなかったことを恥じた。映像ドキュメントの仲間たちは早くから郡山や…

震災日録 3月6日 誰も知らない基地の話

渋谷キノハウスで『誰も知らない基地の話』の試写を見る。朝日新聞の宜野湾市長選の記事をみて映画配給の会社から連絡がきた。渋谷円山町に映画美学校も移ったらしい。
イタリアの

震災日録 3月5日 あまりに論議をつくさない復興町作りについて

きのう、陸前高田を再訪した建築家の薩田さんは「いま何が一番よろこばれるかというと女子大生。若い女の子がきて静かに話を聞いてくれると言うのが、お年寄りは一番元気が出る。孫…

震災日録 3月4日 命を守れる避難所とは

今日は67年前の同じ日、谷根千をB29が襲い、190人もの人がなくなった。
3月10日の東京大空襲では一晩で10万人くらいの死者が出て、よく知られているが、この日のことは

震災日録 3月3日 ガラクタ整理

ひな祭。今日はガラクタ整理のはなしを聞いたので、家に帰り、枯れ果てた鉢植えを10個捨てる。『芸術新潮』『東京人』『旅』などのバックナンバーも段ボール2箱捨てる。「谷根千…

震災日録 3月2日 相変らず大変ないわき

光源寺の島田富士子さんはずっといわき支援を続けておられ、檀家ながら頭が下がる。
昨日来たメール。
お久しぶりです、島田冨士子です。3月5日にレンタカーでいわきに出かけます

震災日録 3月1日 言葉の問題

言葉に関すること。「フクシマと言う言葉を使うのはやめていただきたい。胸がいたみます」というメールがsnowという人から来た。下さった方、匿名でなければもっとよかったのに。し

震災日録 2月29日 追い炊きのできない風呂

閏年。4年に一度の29日。
屋良朝苗さんゆかりの沖縄少年会館が老朽化によって壊されることに反対している市民グループが那覇市内の小学校を調べたところ、10校もそれ以上の老

震災日録 2月28日 寄田さんからメール

放射線の影響がどの程度のものか? よくわからない。
陸前高田の材木を燃やすことや、岩手県の瓦礫処理までヒステリックに反対する人たちにはうんざりする。
子どもが小さければ注

震災日録 2月27日 越後の粟島

並行して新潟の粟島の聞取り調査をおこしている。いまも独立自尊の合併しない誇り高い島だが、昔のはなしを聞くと、涙が出てくる。「学校をつくるため、島民はせっせとアワビを採っ…

震災日録 2月26日 お風呂とビール

日曜日なのに。1日仕事。岩波『世界』からゲラがきたので、あちらも仕事なんだなと連帯感湧く。今回は「東京も被災地だった」と根津山の湯や谷中コミュニティセンターの建て替えに…

震災日録 2月25日 頭は青鞜

『青鞜』の冒険を「こころ」に書く。ちょうど平塚らいてうに奥村博が戻って来て、2人で赤城にいっちゃって、留守番の伊藤野枝が獅子奮迅のところへ、木村荘太からラブレターが来て…

震災日録 2月24日 元商社マンの意見

聞いて来たことをすぐ起こさないと、メモは使い道がなくなる。かなり疲れて来たけど、石巻の話をまとめる。4時に赤坂でひょんなことであった人。退職した商社マンです。「ロンドン

震災日録 2月23日 元のところに家を建てちゃいけないの?

石巻周辺の被災地をみて来て感じたこと。みなさん、食べ物、着るものはもう十分あると言っておられました。瓦礫の処理もかなり進んでいました。
しかし仮設の人には赤十字から家電

震災日録 2月22日 最初の読み手

『建築士』という専門雑誌に石巻の復興村のことを書いた。そしたら編集長の建築家井出建さんからメールがきた。
「広域合併のこと、熊谷さんが重要な役割を果たしていることへの言

震災日録 2月21日 世の中なんかおかしい

川本眞理さんのくれたヒヤシンスが咲いた。今年のは白。いいにおい。
手帳をどこかに忘れて来てパニック。「じゃあもういいよ、どこにも行かなくて」とサトコ。それもいいなあ。う

震災日録 2月20日 登米で高橋哲郎さんと再会

「大正10年の生まれで91歳になりました。70年スレート屋根をやっています。もう危ないからやめろと言うんだけども。熟練があるからしたでいいから指導してやってくれと言われ…

震災日録 2月19日 仮設住宅にて

女川と雄勝を見学。坂茂さんのコンテナ3階だて仮設にすむNさん夫婦の話。
夫「うちの家族は大丈夫だったけど、妻の弟の奥さんと娘がなくなった。雄勝にいた姪がまだ遺体も出てこない…

震災日録 2月16日

昼、民主党の広報紙で有田芳生さん、取材に見える。議員になっても偉そうにならない珍しい人。しかし民主党に期待しているかと言われてもなあ。政権交代は大いに意義があり、「コン…

震災日録 2月15日 被災地公務員の苦悩

昨年4月にたずねたある避難所の職員さんから手紙がきた。
「早いもので震災から10ヶ月以上たちました。その節はたくさんの本を頂戴し、ありがとうございます。
森さまがお越しに

震災日録 2月14日 宜野湾市長選のショック

物すごくショック。きょうはたちあがれない。
でも東京新聞の「宜野湾市民は怒っている」といった記事より、私の同行した朝日のルポのほうが市民感情を伝えていたのかも。歯切れは