[台湾のはなし] 集集線の旅 その3

 
黒い雲と追いかけっこをするように、集集線は走ります。途中の踏切で手作業によるポイント切り替えを目撃しました。1時間半に1本しか走らないローカル線ならではの風景です。
 
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おじさんが歩いて行って……どっこいしょ!
 

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15:11、集集線の起点である二水に到着しました。ここが父方の祖父の生まれ故郷です。話に聞くばかりの、一度も会うことの叶わなかった祖父が、日本へ出てくるまでの時間を過ごした故郷なのです。……などと感傷的なことを言いながら、にわか撮り鉄気分は忘れていません。台鐵西部幹線の列車を激写。青と黄色のコントラストが美しいです。でも側面は銀色です。
 
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駅を出て、まずは駅舎をバックに母や親戚と記念撮影。親戚の手には、先ほど買った「公益彩券」がしっかり握られています。
 
何十年ぶりかに二水の地を踏んだという母曰く、祖父の実家は駅からだいぶ距離がある上、連絡先ももう手元に残っていないとのこと。その代わり、お世話になった医者の家が駅の近くにあったはずだというので、その家を探してみることにしました。
 
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歩きはじめてすぐ、日本家屋が立ち並ぶ集落がありました。かつてこの町には、多くの日本人が住んでいたのでしょう。なかには屋根が抜けて傾きかけているものもありましたが、住み継がれている家もありました。
それにしても背後の雲が不穏です。
  


昔はこんな立派な道路なんかなかったから、もう全然わかんない、と半ばあきらめかけている母を励ましながら、歩くこと数分。「あったあった」と、母が一軒の中庭にずんずん入っていきました。三合院を現代風に作り直したような邸宅です。
 
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「すみません」となぜか日本語で呼びかける母。その声に応じて、お手伝いさんらしきひとが顔を出しました。「あのひとはいる?」「じゃあ、あのひとは?」という母の質問に、残念そうに首を横に振るお手伝いさん。それはそうです。長い歳月が過ぎているのですから。
 
もう往時を知るひとはいないのかと思ったそのとき、「大奥様ならいますよ」とお手伝いさんが言いました。大奥様と言われても、ぴんとこない様子の母を置いて、一旦奥へ引っ込みます。
 
そのお手伝いさんに手を引かれて現れた老婦人を見た瞬間、「わあ!」母が華やいだ声をあげました。対する老婦人も、「ああ!」と感嘆の声をこぼします。手に手をとりあって再会を喜ぶふたり。はたして大奥様こそ、若かりし日の父と母を知るそのひとだったのです。
 
私たちはソファの置いてある部屋に通されました。母と老婦人は、手をとりあったままです。そうして、それぞれの家族の近況や、私が生まれるずっと前のことを話しました。どうやら母は、父の実家を訪れる際に、祖父兄弟と縁のあったこの家に泊めてもらっていたようです。
 
老婦人はときどき、とても美しい日本語で私に話しかけてくれました。かつて日本が台湾を統治していた時代に、日本語教育を受けたのだということがわかりました。同じく日本語教育を受け、医者になったご主人は、バイクで往診中、曲がり角で車にはねられて亡くなったそうです。
 
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昔、母が使わせてもらったお風呂場がそのまま残っているというので、見せてもらうことにしました。当時としては珍しく、小さいながらもきちんと浴槽のついたお風呂だそうです。
ミントグリーンに塗られた木の扉を開けると、「そうそうこれだった」と母が懐かしそうにうなずきます。



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裏庭には、ブランコのさがった大きな木があり、猫がいました。台中界隈で出会う猫はとてもひとなつっこく、呼ぶ前からからだをすりよせてきます。「小鬼(悪ガキ)」にいじめられたトラウマがないのでしょうか。
かわいいです。
 
 
 
老婦人の家で30分ほど過ごしたでしょうか。いよいよ空模様も怪しくなってきたので、おいとますることにしました。母と老婦人は、最後まで手をとりあったままでした。
 
二水の駅に着くかどうかというところで、とうとう雨が降りはじめました。それはそれは激しい雨です。切符を買って、「月台」で16:06発、台鐵西部幹線「上行」を待ちます。やってきた青い列車に乗車し、私の集集線の旅は幕を閉じました。
 
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祖父の実家を訪れることこそ叶いませんでしたが、それはきっとまた機会があるでしょう。胸に去来するあれこれに思いを馳せながら車窓を眺めていたら、窓がかわいらしい形をしていることに気づいて、ぱちりと写真を撮ったのでした。

 
 

「集集線の旅」おしまい。次回こぼれ話につづく。(N)
 

[イベント][委託品]「こまものやさんからのお便り」編集者天野みかさんのお仕事

 イラスト展「こまものやさんからのお便り」早いもので、残り3日となりました。

 今夜は、20時より「吉上恭太さんのサウダージな夜」もありますよ。


 パソコンが不調で大変遅くなってしまいましたが、本日はイラストの展示以外のことをご紹介します。今回のイラスト展、準備をすすめるうちに、天野みかさんのイラストが生まれる背景も覗いてみたいと思うようになり、ミニ関連企画もしています。

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 ひとつめは、天野さんによるアフガニスタンのアルバムと体験記。

 この夏、天野さんは、参加されている「アフガニスタン 山の学校支援の会」に同行し、初めて現地を訪れました。

 帰国後すぐに届いたお便りには、チラシに使わせて戴いたアフガニスタンのメロンのイラストが描かれていて、私にとってはゲリラとか、タリバンがすぐに連想されてしまう彼の地が、「本を読む細長いメロン」の小さなイラストにより急接近してきたのでした。やっぱ、天野さんのイラストってすごい!

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 その後、見せてもらった写真には、日本では見たことないような、緑と荒涼が同居している山々、乾いた空気、澄みきった青空、滞在した山のお宅ののごはんや、はにかんだり、かしこまったりしてレンズに収まる子どもたちがたくさん写っていました。

 それらの写真を閲覧用のアルバムとして、印刷した天野さんによるアフガニスタン備忘録はご自由にお持ち帰りいただけるようになっています。


 もうひとつは、天野みかさんの本業、編集された本の展示、販売です。

 どの本もとても丁寧に編まれていて、挿し絵使いなど、ちょっとした気遣いがたのしいのです。自社装になるためクレジットはありませんが、天野さんご自身が装幀された本もあるのですよ!

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『家郷のガラス絵』 長谷川摂子 著

2011年6月30日発行  1,890円

装画 新井薫/装幀 天野みか

 歳を重ねられた、絵本・童話作家の長谷川摂子さんが、故郷出雲での幼き日々を描いた回想録、などというよりは、大人のことばを操る女の子、摂子ちゃんによる語りもの、とご紹介したいような瑞々しさ!

 後半の小津映画への熱き想い、フェルメールと小津を似た者同士と位置づける独自の考察も大変興味深く、確かめてみたくなります。

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『とんぼの目玉 言の葉紀行』 長谷川摂子 著

2008年10月30日発行  1,785円

装幀 田宮俊和/装画 新井薫

 なんと楽しい本でしょう!ページの上でことばが活きのいい魚みたいにピチピチ跳ね、長谷川さんのことばのリズムにのって歌でも歌いたくなってきましたよ。

 そしてなんと好奇心旺盛!興味もったことばを追っかけ、あっちの海、こっちの海。こんなふうに歳を重ねられたらいいなぁと思う。

 こまものや展の準備から今日まで、天野さんと今までになく頻繁に会って、おしゃべりして。そんな時間の流れの中でこの本を開いたら、長谷川さんと天野さん、似てるな、と思いました!

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『崖っぷちの木地屋 村地忠太郎のしごと』松本直子 著

2009年3月30日発行  1,785円

装幀 天野みか

 へぎの木地屋、村地忠太郎は92歳。木曽川のほとりの仕事場でひとり、50年以上にわたり木の声をに耳を傾けてきました。木地屋とは、漆塗りで仕上げるための曲げ物や椀などの木地を作る職人のこと。「へぐ」とは木の目に沿って木を割り板状にすること。村地は光を通すほど薄くへぐことができるのだそう。

 村地の生き方、佇まいは、まさに木の美しさを伝えるため、山からおりてきた木精そのもの。

 師の技を伝えるべく奔走する著者の情熱は、古文書をあたり、歴史を紐解き、木曽の言葉ひとつひとつまでを両手に載せて読者の元に届けてくれます。

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『南木曽の木地屋の物語 ろくろとイタドリ』  松本直子 著

2011年4月25日発行  1,890円

装幀 天野みか

『崖っぷちの木地屋』に続き、木地屋の物語、2冊目。こちらは、ろくろ挽きの木地屋、小椋榮一の仕事を、そのルーツである山の民の足跡まで遡りつつ山から山へ追いかけます。

前作共々、読んでいて、宮本常一を初めて読んだ時の興奮が甦りました。

「山津波」を「蛇抜け(じゃぬけ)」と呼び畏れる人々。大自然への畏怖の念を祈りに籠め、その大きな存在に寄り添うよう生きてきた、その強さは、頼もしく私の心に刻まれました。

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『パレスチナ・そこにある日常』高橋美香 著・写真

2010年10月30日発行  2,100円

パレスチナ?イスラエル?と疑問符だらけの人でも大丈夫。高橋美香さんの撮る人々の表情がすばらしくて、あっというまに惹き込まれます。

イスラエル政府による突然の退去命令、家の破壊、不当な逮捕など、パレスチナ人を巡る状況が日々悪化する中で、美香さんが出会った人々の生き方に胸を打たれました。パレスチナ人の友人の家庭に滞在し、高いところからでなくわたしと同じ目線でひとりひとりの名前、日常を報せてくれる本でした。ヤギの生死に立会うパパとママの姿は感動的です。知らずにいることは罪だと思いました。

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『早稲田古本屋街』 向井透史 著

2006年10月1日発行  1,890円

装幀 多田進/カバー・表紙イラスト 多田順/地図 浅生ハルミンf:id:koshohoro:20111021015341j:image:w120:right

「昭和二〇年、早稲田古本屋街消滅」という衝撃な見出しで幕開く、今、私たちの知る「早稲田古本屋街」の歴史。

 古書現世二代目向井透史さんによる、同じく早稲田の古本屋の先輩や仲間を訪ねての聞き書き、「開店まで」や2代目店主の物語には、店の数だけドラマがあって、頷いたり、吹き出したり、落涙したり。

 今や恒例となっている「BIGBOX 古書感謝市」や、穴八幡宮での「早稲田青空古本祭」誕生に至る流れが、関係者の証言から徐々に浮かび上がってくる第4章。古本市の喧噪とともに、汗や唾が飛んでくるようで、古本屋好き、古本市好きで未読の方にはこの舞台裏、ぜひ読んでいただきたいです。

 「広漠なる田野」に早稲田大学の前身である東京専門学校が誕生し、戦争を経て、早稲田大学のある街が形成され、そこから焦点を絞っていくと、古本屋街が大きな生命体のように動き、成長してきているのがよくわかります。巻頭の浅尾ハルミンさんの地図がとても役立ちました。

 全体を通じて常に客観的であろうとする向井さんの目は、膨大な資料を検証し、取り巻く時代の流れも含めて俯瞰しているので、後々の人々にも大いに役立つことになる一冊だと思いました。向井さんすごい。

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『記憶にであう 中国黄土高原 紅棗(なつめ)がみのる村から』 大野のり子

2009年5月9日発行  1,575円

2003年観光で訪れた中国で、著者がたまたま降立った黄河の畔の小さな村。そこはかつて日本軍の三光作戦により多くの村人が殺戮された村だった。何も知らずに訪れた著者は、老人たちの憤怒を浴び、著者の人生を変えることになった。2005年から村に暮らし、老人たちの写真を撮り話を聴く。深い皺の刻まれた老人たちが何を語ったのか。

この本は、イラスト展を終えたらゆっくりと読もうと思っています。


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『若き高杉一郎』 太田哲男 著

2008年6月30日発行  3,675円

わたしにはちょっと難しそうな本です。読み始めたらおもしろそうなのですが、間に合いませんでした。すみません。(汗)

高杉一郎、小川五郎、改造社、『極光のかげに』、アグネス・スメドレー『中国の歌ごえ』、フィリパ・ピアス『トムは真夜中の庭で』にアンテナが反応する方、上のタイトをクリックしていただくと、版元紹介ページに行きますので、ご覧になってください。

「こまものやさんからのお便り」展

古書ほうろうにて天野みかさんのイラスト展『こまものやさんからのお便り』が開催されています。(2011.10.8〜23)
こまものやさんからのお便り
  「わめぞ」や「あいおい古本まつり」のイベントにも関わられています、編集者の天野みかさんのイラスト展です。天野さんから送られてくる雑誌に添えられた手紙に描かれていたものを、コピーして形を揃え、着色され、ひとこまマンガのような楽しいコピーを添えたイラストが、ほうろう店内に展示されています。 かわいい"こまもの"が並んだ、"ひとコママンガもの"のイラスト展です。ほうろう・ミカコさんが工夫された展示で、天野みかさんのイラストのキャラクター達は、命を吹き込まれたかのように、ゆらゆらと蠢いていました。
こまものやさんからのお便り
こまものやさんからのお便り,古書ほうろう
  ■ こまものやさんからのお便り <http://d.hatena.ne.jp/koshohoro/20111008> 天野 みか <http://twitter.com/comamonoya> 会期: 2011年 10/8(土)〜23(日) 時間: 月〜土 12:00 - 23:00/日・祝 12:00 - 20:00 定休日: 水 場所: 古書ほうろう <http://www.yanesen.net/horo/> 住所: 文京区千駄木 3-25-5  

中藤毅彦 & nido「Aquarium」

谷中のステンドグラス工房&ショップ nido[ニド]」にて『Aquarium』が開催されています。(2011.10.09〜23) nido   写真家・中藤 毅彦[Takehiko Nakafuji]さんがモノクロームで撮られた水族館の写真に、nidoがそれぞれの写真からイメージをふくらませて一点一点違う柄の額装をしました。 nidoAquarium」展に合わせて作られた、水族館をイメージした照明と水槽のオブジェもありました。 nido   中藤毅彦さんとnidoによるコラボレーションは、3年ぶり、4度目だそうです。 オリジナルのエンボス加工されたガラスや色ガラスなどガラス技法を駆使しつつ、ステンドグラス技法で額装された写真。薄い水槽のような箱形で、手にとって鑑賞ができます。 "水族館"というテーマは、光と影を捕まえる写真家とガラス作家にとって、とても相性がよい、と思いました。 中藤毅彦,nido   ■ さかなさかなさかなnidoblog) <http://nido.txt-nifty.com/blog/2011/10/post-196a.html> 中藤 毅彦,nido   ■ Aquarium <http://nido.txt-nifty.com/blog/2011/10/aqualium.html>(Gallery Niépce) 中藤 毅彦[Takehiko Nakafuji]<http://niepce-tokyo.com/nakafuji.html> contemporary glass nido[ニド]<http://homepage3.nifty.com/nido/> 会期: 2011年 10/9(日)〜23(日) 時間: 11:00 - 19:00 定休日: 水 住所: 台東区谷中 3-13-6
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10月14日開催の全国図書館大会「災害と資料保存」で講演と実演をしました




10月14日に開催された全国図書館大会第11分科会「災害と資料保存」において、「被災資料を復旧する--東京文書救援隊の考え方と技術」の講演を行いました。講演後のワークショップでは、文書復旧システムを参加者に体験してもいました。実体験の希望者が多く、活気のある会になりました。







『親鸞』文庫化

五木寛之『親鸞』(講談社)が文庫化されました。

上巻 本体価格562円  ISBNコード 9784062770606

⇒ http://www.bookclub.kodansha.co.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2770601&x=B 

下巻 本体価格562円  ISBNコード 9784062770613

⇒ http://www.bookclub.kodansha.co.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=277061X

カバーのイラストは山口晃さんです。


親鸞(上) (講談社文庫)

親鸞(上) (講談社文庫)

  • 作者: 五木 寛之
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2011/10/14
  • メディア: 文庫



親鸞(下) (講談社文庫)

親鸞(下) (講談社文庫)

  • 作者: 五木 寛之
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2011/10/14
  • メディア: 文庫




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◆《第94回紀伊國屋サザンセミナー》
高山宏 『新人文感覚』全2巻完結記念トークイベント
「知の風神・学の雷神 脳にいい人文学」

一度は酔いたまへ、伝説のライヴ!

日  時|2011年11月12日(土) 19:00開演(18:30開場)
会  場|紀伊國屋サザンシアター(紀伊國屋書店新宿南店7F)
料  金|1,000円(税込・全席指定)
共  催|羽鳥書店・紀伊國屋書店

詳細 ⇒ http://www.kinokuniya.co.jp/label/20110930115900.html

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366日目。一年経ったよ。

休煙継続中。
ちょっとした感慨はあるかと思ったけど、もうなんとも思わない。
最初の1ヶ月ぐらいで勝負はついてた感じ。

休煙とは言ってるけれど、意識的に再開しようとしないともう始まらないだろうな。
葉巻とかパイプにいくとかね。

まあ、実になんというか、たいしたことのない取り組みだった。

休煙タグにエントリを書くのもするのもこれで終わりかな。どうだろ。
何かしら新たに思うことがあれば書くかも。

震災日録 10月14日 福島県産の米

世田谷の放射線量の以上に高いところが見つかったのは、福島原発のせいでなく、そこの屋敷になぜか古い放射性物質があったかららしい。人騒がせな。でもこまめに計ったらこんな場所がたくさんあるのかも知れぬ。こわいねえ。
福島県知事はきのう県内すべての米は基準値以下だったと胸を張ったが、1キロあたり500ベクレル以下などという大雑把で高い基準をクリアしたからって食べる気にはならぬ。数字を公表すべきだろう。うちは丸森の森ガーデンから新米を送ってもらった。セシウムだけでなく、残留農薬はじめ細かい項目が2ページに渡って調査済であってすべてND。これでこそ安心して食べられるというものだ。この米、じつにうまい。母、妹、弟のところにも5キロずつ分けた。そしたら山形の長井の菅野さんもお米を送ってくださるというので、嬉しく、こちらは玄米でいただくことに。3人で1日2合ずつ焚くと、だいたい2週間で5キロはなくなるのだ。

秋深し隣りの米はどこの米

震災日録 10月13日 大安亭商店街

神戸市のコミスタとか言うところで生涯学習の講演。行ってみると体育館に300人もの方が見えていた。与謝野晶子とシベリア鉄道について話す。近くに大安亭商店街といういい感じの通りがある。元になった大安亭という劇場はもうないのだそうな。神戸でも震災にならなかったところはあるんだな。こんな所に住んでみたい。なでしこジャパンの合宿所が近く選手たちはここで買物をしていたそうだ。隣りが賀川豊彦の記念館。徳島でも記念館を見たがずいぶん前。神戸で成人し、大正の震災で東京の中之条、大平あたりで被災者支援や貧民街の改良に取り組んだ。こんなえらい人とは知らなかった。

震災日録 10月12日 神戸へ行く

神戸へ。宝塚近くのフルーツ・フラワーパークへ行く。神戸市がつくったハウステンボスのまがい物みたいな施設だが、ホテルのバイキングときたら前代未聞のまずさだった。サービスもひどい。庶民がやっている店の悪口は営業妨害になるので書かないが、税金を使ってこんな食事を出しているところは見たことがない。1時すぎにいったらほとんど何もなし。げっぷがでるような揚げ物が多い。これで神戸市の文化度を測られるとしたら、私が市民なら憤死しちゃうな。バブルの遺産でいまやお荷物なのであろう。夕方、絵描きの友だち太田さんと涌井さんと元町の庶民的なカレーライス屋さんに行って口直し。なんだかどっとつかれた。

震災日録 10月10日 イスラムの人々の被災地支援

午後、東京大学弥生講堂でムスリムの方たちの被災地支援のシンポジウム。20分の話を頼まれたのに全部で5時間。行ってみてわかった。途中、ティーブレイクがあり、ゆっくり話し合う。名刺交換や写真撮影、中にはお祈りをする人も。それに決められた時間より長く話す人がいる。質問したい人が多い。それで長くなる。あんまりカメラのフラッシュが炊かれすぎで目が痛くなった。池袋のパキスタン料理店で打ち上げ。
エジプト国籍のロンドン在住の先生が話すが、日本人と全く違う断定的な力強い話であった。日本人は遠慮の塊だ。控えめ、謙虚、断定を避ける、どっちがいい悪いではないが、いろいろ考えるところがあった。
男女席が別々なのでイスラム圏の人と結婚した日本人女性などに話を聞いた。ムスリムは豚を食べないのはどうして?「それは神様が決めたことで理由はありません」お酒があきらめられないからなあ。「天国では大変おいしいお酒の川が流れています。そのときに飲めばいいのです」。それでも煙草は吸いますね。「本当は煙草もいけないんです」。何時も女性は長袖で頭にも被っています。「顔と手先しか見せてはいけないのです」。暑くありませんか。蒸れませんか。「なれればこんなものかと思います」いつも男女別に坐るんですか。「そうです」。男性同士は抱き合ったりしますが、女性はあれはできないんでしょうね。「そんなことをしたら大変です」。イスラム圏の男のひと何か問題は?「時間にルーズということかしら。のんびりしています」。いろいろわかった。「森さんはなぜムスリムになりませんか?」。まだ知り合ったばかりで誤解を解いている段階です。

震災日録 10月9日 岡本文弥没後15年祭

NHKの人からイスラムの被災地支援について番組を作るのだが、初期のころの活動の記録がないので、おにぎり握り隊そのほか貸してくれと言ってきた。ウーム、またかと思ったがマザーテープを貸してあげた。今日、せっかく提供いただいたのですが、レポートが短くなったこともあり、使わなかったとメール。ウーム、またか。
夜は岡本文弥没後15年祭。上野奏楽堂立錐の余地なし。きのうからテープを聴いて準備万端しただけに最近になくちゃんと話せた。秋草のようなオトコと言われたい、と文弥さんはいっていた。あの夏、わたしは男は文弥1人でいいとさえ思いつめた。今日、母は昔のボーイフレンドと来てくれた。その上、永六輔さんや朴京南さんも来てくださって、帰りに根津で永さんにご馳走になった。いいんですか、という私に「上を向いて歩こう、がいま売れてますから」と永さんは仰ったが、もちろん私に気を使わせまいというやさしさ。でも、たしかに震災後、この歌を口ずさむことは多いなあ。

震災日録 10月8日 冬へ向う被災地

秋の一箱古本市と芸工展を観に行く。団子坂のエスプレッソファクトリーから見る団子坂はいい。道灌山から見る動坂方面もいい。
被災地はだんだん寒くなってきている。石巻の避難所はようやく閉鎖になったようだ。
いわきでは仮設住宅には日赤から5点セットも配られたし、炬燵やストーブの配布があるが、一般の斡旋住宅にはいった人にはない。これも格差だと思うが、光源寺からは毛布、バスタオル、タオル、炬燵、ほっとカーペットなどを集めて送るという連絡があった。

震災日録 10月7日 被災地の話

昼、福祉協議会の人が来る。陸前高田、大槌町、南三陸などに支援に行き、涙なしでは聞けない話ばかりだったと言う。この春、学校に上がる女の子がランドセルも何も用意してあったのに津波で流された。なかなか見つからず、やっと見つかったのが上がるはずだった小学校の校庭だったとか。おばあさんが一晩中、高校生におぶわれて高台に逃げ命を拾った。だけどヘリコプターで年齢順に救出されるときに離ればなれになり、その後お礼を言いたくても言えないでいる、とか。

震災日録 10月6日 居住の自由

谷中コミュニティ・センターのことでいろんな人に会う。なんで町会を通さずに意見を言っていけないのか、民主主義者としてはわからない。
今回の震災でコミュニティの大切さばかりが強調されているが、むしろコミュニティが抑圧的に働いたことの方が大きかったのではないかと、あまのじゃくの私は考える。
フクシマの水素爆発、あれは核爆発だという人もいるが、あのときアメリカ大使館などは80キロ圏からアメリカ人を退避させた。日本という国家もそうしていれば、今のようなこと、そして5年後に起こるであろうことは防げたと思う。牛だって馬だって放置せずに山を越えて山形県や新潟県に非難させればよかったのだ。福島の人々はそれからも逃げていない。家族がばらばらになるのはいやだ。ふるさとからはなれたくない。まわりの人に逃げたと言われたくない。老母を置いて行くわけにはいかない。これだけ手をかけて改良した農地なのに。すべてわかる。よくわかる。しかしそんな愛郷心が子供たちの未来の生活に影を及ぼすとすれば……。ノマドとなったほうがいいのかも知れない。
自分が逃げないことを選んだなら少なくとも逃げた人の悪口は言わないほうがいい。日本国憲法は居住の自由を認めているのだから。