紙を安全に洗うためのクリーニング・ポケット法、東日本大震災での被災資料復旧に特許を無償提供


 

紙を洗う—これは紙資料の保存修復処置における最も重要な処置の一つである。変色や染みなどが軽減されるほか、経年や利用によって紙の中に生成され、それ自体が劣化の原因にもなる水溶性の酸性物質が流れ出る。また、乾燥時に新たな水素結合が生じることで、紙の強度が戻るなどの効果もある。紙の「洗濯」は、紙の見た目を綺麗にするばかりでなく、紙の劣化に関わる根本的な問題への対処とも言える。

このように、洗浄は様々な利点を有しているが、処置におけるリスクもある。その一つとして、水を含んだ紙は極端に強度が低下し、不用意に扱うと破れや歪みが生じてしまうことが挙げられる。そこで、洗浄を行う場合、資料をポリエステルやセルロース系の不織布、またはナイロン製のネットなどのサポート材に挟んで処置するのが一般的である。しかし、この方法を用いたとしても、資料を安心して洗浄できるほどしっかりとした保護にはならず、取り扱いには細心の注意を払う必要がある。また、酸性劣化やカビの影響で紙力が著しく低下した紙や、図面・ポスターなどの大型資料に対しては、取り扱いの難しさから、洗浄処置を行えないこともあった。

上記の問題を解決し、安全かつ効果的な洗浄方法を実現するため、東京文書救援隊のメンバーである株式会社資料保存器材では「クリーニング・ポケット法」を開発し特許を得ている(特許第4721042号)。上記の写真のように、大量の紙媒体の汚れを、水中で「洗濯」するように、安全に除去することができる。この特許を、今回の東文救の活動のために、非営利目的での使用であれば、クレジットを明示する条件で、無償提供することにした。公的機関における使用は勿論のこと、今回の東日本大震災によって津波などの被害を受けた被災資料のうち、この方法が適用可能なものには、洗浄法の一つとして有効活用していただきたい。詳細は以下に。




[イベント][出した本]仙台に持って行く本 その2

仙台の一箱古本市では、「一箱古本市の箱」に本を並べます!

で、「一箱古本市の箱の中に箱の本シリーズ」を、4冊だけで、秘かに、小さく展開します!

「箱」といってもいろいろですが、今回は「夏休みの工作で空き箱にセロファンを貼って作った水族館」という、子どものとき上手く作れなかったわりには、未だにそのわくわくするイメージを引きずっている、別世界の窓口、のような箱をイメージして選んだ4冊をご紹介します。

すみません、値段を控え忘れて送ってしまいました。。。店頭での価格より、お安くしています。

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おかえりなさい。ミヤケマイ作品集

2005 版画廊

額と箱との中間みたいな縁ですが、キャンディーを置いたり、格子をはめたりしていることで、不思議な立体感がある独特の絵に更なる奥行きが出て、向うっかわの世界も確実に時を刻んでいます。

写真はクリックすると大きくなります。

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ANDRE FRANCOIS作品集

北海道帯広美術館/編・発行 1995

アンドレ・フランソワのコラージュ作品です。夏休みの工作っぽい。あ、失礼ですね。ごめんなさい。


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Optisches Spielzeug oder Wie die Bilder laufen lernten

Georg Fusslin 1993 ドイツ語

アニメーションのルーツや種類、装置についての本ですが、写真図版が多く、とくに装置としての箱に胸躍ります。

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Jake Tilson

京都書院 ART RANDOM 45

1991 2刷

こちらは別世界へのやや大きめ入口。

以前アップした日々録をご覧ください。

他にも特集に繋がったり繋がらなかったり、いろいろお持ちします!

よろしくお願いいたします!

(ミカコ)

写真集 the Lines of My Hand/Robert Frank ほか

[ ご注文、お問い合わせは albatross@yanesen.net まで ] ・the Lines of My Hand Robert Frank          pantheon books 1989年¥15750    テキスト英語 寸法33×26×2 フランス国立写真センター展示刊行シリーズの「フォトポシェ」から2冊、テキストは仏語です。 ・Agustin V. Ca・・・

不忍ブックストリーム 第21回「牧野伊三夫とゆかいな仲間たち」

6月22日(水)22:00からスタート。

テーマは、「牧野伊三夫とゆかいな仲間たち」。
酔っぱらいトークが好評だった前回に続き、画家の牧野伊三夫さんをゲストに迎え、四月と十月文庫、『キツツキ』、『小石川植物園スケッチ会』などの出版活動について、それぞれの関係者をまじえてお話を伺います。

また、完成間近の「谷根千おしょくじ」小冊子の告知もあります。お見逃しなく。

不忍ブックストリーム ⇒ http://www.ustream.tv/channel/shinobazubookstream

仙台ブックイベント参加と店の営業変更のお知らせ

6月25日(土) 11〜17時 Sendai Book Market 2011に参加します! 古書信天翁はわめぞの古本市「出張わめぞ」内に出店いたします。よろしくお願いいたします。 詳細 → Book! Book! Sendai 2011       わめぞblog  出張わめぞ参加にともなって、店の営業を変更いたします。 6月24日(金)休/6月25日(土)12時~20時 ・・・

[不忍ブックストリーム]第21回のゲストは牧野伊左夫さん

★ 第21回 不忍ブックストリーム

6月22日(水)22:00〜の不忍ブックストリーム、第21回のテーマは、「牧野伊三夫とゆかいな仲間たち」。酔っぱらいトークが好評だった前回に続き、画家の牧野伊三夫さんをゲストに迎え、四月と十月文庫、『キツツキ』、『小石川植物園スケッチ会』などの出版活動について、それぞれの関係者をまじえてお話を伺います。

また、完成間近の「谷根千おしょくじ」小冊子の告知もあります。

お見逃しなく。

不忍ブックストリーム ⇒ http://www.ustream.tv/channel/shinobazubookstream

駱駝の向こう・・・

夕やけだんだんの下に移転してから初めて入った中東料理店「ZAKURO[ザクロ]」で、とうとう民族衣装を着せられてしまいました。疲労でボルテージの下がったアリさんも初めて見ました。それでも客が入り出すと、客いじりを始め出すエンターテイメント魂には恐れ入りました。 「食べきれないコース(お1人 ¥2,000)」は相変わらず食べきれず。TVの取材クルーが現れる前に、デザートは食べずに退散です。異国情緒満載な、食のアミューズメント・パークは健在でありました。(楽しいけどシンドいわ・・・) ザクロ   ■ ZAKURO[ザクロ] <http://zakuro.oops.jp/> 住所: 荒川区西日暮里3-13-2

戸田 彩 器展

戸田 彩 器展 古道具「Negla[ねぐら]」にて『戸田 彩 器展』が開催されています。(2011.6.19〜26) 古道具「Negla」店主・カジさんの十代の頃からの友人でもある戸田 彩さんは、千葉県の、海の見えるアトリエで作陶を続けられています。 「Negla」店主・カジさんが紹介されているように、茶碗、コーヒーカップ、一輪挿しなど、どれも規定のサイズから"絶妙に外れた"大きさの陶器でした。直に手にしてみて、ありそうでなさそうな大きさですが、戸田さんに伺うと、もっともな理由があってのサイズなのでした。奇を衒わず、理にかなった色や形。・・・という訳なので、実際に足をお運び、手にしてみて下さい。持っていて損はない、そんな器です。
戸田彩 陶展 toda aya,ceramic   戸田彩 陶展 戸田彩 うつわ展   ■ 戸田 彩 器展 <http://blog.negla.net/?eid=297> 開催期間: 2011年 6/19(日)〜26(日) *期間中、無休 営業時間: 13:00 - 19:00 戸田 彩[Toda Aya]在店: 6/19(日)、20(月)、23(木)〜26(日) 場所: 古道具 Negla[ネグラ]<http://www.negla.net/> 住所: 文京区千駄木 2-39-5   Negla,戸田彩  

『Japan Idea日本創意』購入

山口藍さんが紹介されているということで、
2011年4月4日のブログで紹介した本『Japan Idea日本創意』(http://hatoripress.blog.so-net.ne.jp/2011-04-04)を博客來というネットショップで購入しました。
⇒ http://www.books.com.tw/exep/prod/booksfile.php?item=0010499216

表紙です。
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山口藍さんを紹介しているページはこんな感じです。
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『ほがらほがら』も紹介されています。
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左上には、
S and O店舗 ⇒ http://www.macmuseumshop.com/
NADiff ⇒ http://www.nadiff.com/
lammfromm ⇒ http://www.lammfromm.jp/
と、日本で山口藍さんのグッズを販売している店舗の連絡先も掲載されています。
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6月3日に注文をして、1週間位で到着。
価格は送料込みで654台湾ドルでした。






ほがらほがら

ほがらほがら

  • 作者: 山口 藍
  • 出版社/メーカー: 羽鳥書店
  • 発売日: 2010/07/26
  • メディア: 大型本



ZIPANGU(ジパング)

ZIPANGU(ジパング)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 青幻舎
  • 発売日: 2011/06/20
  • メディア: 単行本


震災日録 6月15日 南三陸・気仙沼

朝、お風呂で。「仮設が当たったので、今日引っ越しするの」という嬉しそうな人に会う。私より2歳若い。どんなところか聞いてみると、単身者用で1DK。

「布団が2組もらえるので寒くなったらかけられるでしょ。といっても仮設は夏は暑くて冬は寒いらしいわ。家電6点セットももらえる。洗濯機、冷蔵庫、炊飯器、電子レンジ、電気ポット、テレビかな。お米は5キロもらえる。カップヌードルとボンカレーも1箱もらえるらしい。でも何かと現金がいるみたいだから、節約して暮らそうと思っているの。仮設からは午前と午後にスーパ-までバスが出るらしい。助かるわ」

やっぱりなあ。ここは日本一すばらしい避難所だとは思うけど、自分の空間にはやく落ち着きたいのも確か。

「でも仕事がないからこれから年金は払えないと思う。年金受給までまだ10年以上もあるんだもの。私も長くはないわね。結婚したことないし、子どももいないから、頼る人いないし。年金もらっていた頼みの両親は今回流されてしまったの。まわり見ていても長生きしているのは子供のいるひとだわよ」

過酷な状況に胸が痛む。そんなこといわないで、まだわかいんだから、これからいいことあるかも知れませんよ。困ったらお友だちに必ず相談してくださいね、と体を洗いながら言った。あんまり友だちもいないからね、話を聞いてもらえてよかったわ、といっていた。

食堂のまえで坐っていたおばあちゃんは血色もいい。「わたしは5人子がいるんだけど。孫は東京で小学校の担任をやってるの。浜の方で津波に会って最初は小学校に避難してた。4月で学校が始まるんで、娘のところへ15日厄介になったけど、子どもたちもスーパーへ勤めたり、看護婦してたり、忙しいから、私はここにいる方がいいの。ただだもの。お風呂も入れるし、自分の部屋もあるし。お父さんはずっとまえに脳梗塞でなくなっちゃった。少しはお役に立ちたいと拭き掃除なんか手伝っているんだけど、浜の方では5時に起きて6時には朝ご飯だったでしょ。だから7時半まで待ち遠しいの」

9時出発。南三陸町へ入る。町長ほか何人かが辛くも助かった防災庁舎は本当に小さかった。チリ津波がここまできたという警報の看板がひしゃげていたが、その何倍も波は高かったのであろう。ガソリンスタンドと病院をのぞいて、海辺の町がまったく消えていた。町づくりでがんばっていた視察も多い町だったのに。

まえに「じぶんの宿」というJTBの取材でお世話になった民宿高倉荘へ。「高台だから大丈夫だと思っていましたが」と御無沙汰を詫びると覚えていてくれた。「民宿で残ったのは3軒だけです。うちもボイラーが壊れてしまったり、主人が地区の長をしているのでそちらへ詰めきりで。きょうも瓦礫の撤去にいっているんですよ」バスを待っている大きな風呂敷を持った方をここまでお乗せして案内してもらった。「その日は70、80の年寄も山を越えて1時間もかけて逃げたんだよ」

気仙沼。ここも8年ほど前、一人旅で訪れた町。活気のある港に大きなマグロ漁船が停泊し、たくさんの船乗りに話を聞いた。かっこいい海の男が多かった。出稼のインドネシアの青年たちも。そして浮き御堂を見たり、旅館でおいしいご飯を食べていたら台風が来た。それは凄い嵐だった。台風一過、女川から金華山まで小さな船でまるでトビウオのように海をホッピングしていった。そういえば女川に高村光太郎の碑があったのを思い出す。調べてみるとその大きな石の碑も津波で倒れたらしい。またそれを建てるのに尽力された貝廣さんという絵描きさんが行方不明だとインターネットに出ている。

たしか碑には「人間は海から生まれ,海に帰っていく」といったことが刻まれていたような。

尾形家という茅葺き民家は茅葺きを修復し、国の登録文化財になる直前に被災。昔は網元だった200年前の民家だ。卒論以来ここに関わっている田上裕子さんの案内で向った。津波の経験は言い伝えられ、「逃げる時は雨戸を閉めるように、そうしないと中のものが全部流されるから」というのでその通りにして高台に避難したという。「もうそのときのことは覚えていません。自分の家が流されていくとき、あー、と叫んでしまったようです。瓦礫として処理される前にと思っていろいろ拾い集めています。きょうはお位牌がひとつ見つかったの。息子の七五三の写真もでてきたのですが、こんなに泥で汚れていたらどうしたらいいのかしら」。旧家尾形家当主は気仙沼市市議をつとめ被災住民とともに、ずっと避難所に詰めきりで帰ってこないという。こんな市議さんもいるんだな。奥さまは茅を葺き終わったし、大島への乗り場へ行く途中なので、ここで茶店でもやって観光客のお休み所を作りたい、という希望を持っておられたようだ。小屋組みはじめ部材もかなり残っているので、どうにか復元してもらえれば。気仙沼の市指定文化財もかなり流されてしまったというし。登録文化財、蔵元男山本店の看板建築も3階部分だけが斜めに残っていた。惨状に呆然とする。

震災日録 6月14日 大川小学校

2年後にはゴミとなり、プレハブ業界だけがもうかる仮設住宅。政府が予算をつけたのでそのパイの取りあいになっている。そうではなく「国産材による、地元に雇用が落ちる、本建築の復興村」を目指す熊谷さんの話を聞く。防災都市研究家の佐藤隆雄さんもすでに1年以上前のシンポジウムで住民を追い出さない、地元主体の自主建設の重要さを訴えておられた。といっても土地の手当、造成、家の造作その他、たいへんな手間がかかる。きょうは福住さんという白州正子邸などを手がけた庭づくりの方が応援に来ていた。建設予定地を観に行く。仮設に入ったお年寄りの中から阪神淡路では多くの孤独死が発生した。南三陸町だったか、木造のグループホームを一人暮らしの老人のために提案している。それもいいと思う。これからは肩を寄せあって生きていけば。それを行政がサポートしていけば。

建築関係のKさんの話。「うちは高台なのでここから見てました。海がせり上がっていってここまで来るかと思いました。空の様子も変だった。黒くなって風がふいた。電気は切れましたがガスもあるし、あるものを食べてどうにか暮らしました。それから1週間、遺体の収集を手伝って、運んだり、シートをかぶせたりした。あんなにたくさんのなくなった人を見たのは最初で最後でしょう。なんだか食欲もなくなってうんとやせました。寝たきりの老人、障害を持った子どもなどの巡回ケアもまったくないですね。そういう家族がいると避難所にも行けません。病院や施設で預かってもらえば別ですが。もともと通所施設とかそういうのも遅れている地域なんです。もうここを離れていっそ外国へ行って暮らそうかと思う」

どうしても児童が7割近く亡くなった大川小学校へ行ってみたく、寄田勝彦さんの運転で、橋が落ちているのでものすごく遠回りして目指す。すぐ後に芝生のような丘があり、そこにのぼれば絶対助かったのに。何で津波が来るまで40分以上もあったのに、校庭で点呼などとっていたのだろう。きょうを第一歩にしなくては。子どもたちは普通に地域の学校に行かせればいい、と長らく考えてきたが、いまの公立の教師に子どもを守る力はあるのだろうか。学校の教師の第一義は勉強を教えることではなく、コドモの命を守ることではないだろうか。今回、とっさの判断や勘で助かったという話をいくつもきくが、そういう五感の鋭い,生活力のある子どもを育てる別の学校もつくれればいい。

また先生は遺族にもこれから先ずっと手厚い年金がでるそうで、未来を断たれた子どもには一時金しか出ないという。命の値段が違う。この話も聞いてなんだかすっきりしない。

対岸の吉浜小学校でも7人の子どもが亡くなったことはほとんど取り上げられていない。小学校では先生と生徒は屋上に上がって助かったが、一度帰宅した子どもたちは避難所である北上支所に逃げてなくなった。その場合は下校後なので一時金も出ないという。しかし指定された避難所に逃げて、お年寄りも含めこれだけの人が亡くなったなら、行政は責任をとるべきではないか。新聞によると津波対策は高い堤防ではなく、ソフトの訓練や教育を大事にするという方針に替わった。

震災日録 6月13日 追分温泉にて

朝早くの新幹線で寄田勝彦さんと石巻へ。JR東日本は新幹線使ってどこまでも1日1万円キャンペーンをしており、見舞やボランティアで大変な混雑。仙台で東北本線に乗り換え、松島へ。そこから車で石巻へ。松島は思ったより津波の被害がひどくないように感じた。波の当たる角度とかもあるのだろう。熊谷産業へついて昼ご飯。ちいさなプレハブの社屋には来客引きも切らず、事務の女性たちもその喧噪の中で仕事を続けている。1時に坂下清子さんが現れ、ツナミカの手仕事について相談。そのあと熊谷秋雄さんの案内で、なくなった本社のあと、北上町役場のあとを見て回る。秋丸の信じられないような美しい宇宙、アカマツの林をはしっていると雉子のつがいが飛び出してきた。「わあ、きれい」というと熊谷さん「うまそう」という。ここでなにができるか。夕方、被災した田んぼの見える露天風呂に入る。夜はまた追分温泉にお世話になる。避難者は4月より増えているのみならず、工事会社の人たちもいて少し雰囲気が違う。4月のときかわいかったさくちゃんが心なしか大きくなっている。みんなのアイドル。

ここで働いているSさんの話。「地震の時は家にいました、夜勤明けの長男とのんきに大自然の驚異だねえ、などと釜谷のほうを眺めていました。まさかこんなに北上川を津波がさかのぼってくるなんて。見てるばあいでない、と長男が言って、軽トラに乗って逃げました。となりの小父さんも地震のあとで戸板を直していましたので、「早く逃げらい」と声をかけました。途中で孫を2人連れたおばあちゃんも引っ張り上げて、橋のところへ来たらもう車が流れてきた。左折して長尾の友だちのところへ行ったらそこは高いので大丈夫だった。雪がふってきて、何も上衣を着ていないのに気がつきました。外で火をたいてあったまっていると、誰か来て「追分温泉に行けばいい」というので車で行きました。ここはその日から布団に寝られてありがたかった。よそでは毛布1枚で震えてたって。お父さんはデイサービスに行ってたので、そことも連絡がつかなかったけど、高台だからきっと大丈夫だって、信じるしかなかった。1週間後、行ったけど動けないからごめんね、ここにいてね、といったの。それで息子とここで過ごしています。お父さんが倒れてから田んぼは人にお願いして、私がここで働いてどうにかやってきました。二男も熊谷さんとこで働いていますし。お父さんがどうしても帰りたいというので、一度連れて行きました。変わり果てた我家を見て言葉に障害があるのであーあーとしか声が出ません。が、いま帰れないことがわかったみたい。そうですね。なくしたもので残念なのは、お父さんがリハビリで塗った絵がたくさんあったのにね。あれがあればねえ、せっかく塗ったのに。あと息子が南の島を旅したときにたまたまインタビューされた新聞の記事とかね。預金通帳? たまたま持って逃げたバッグにはいっていたけど赤字だからそれはどうでもよかった」

20年世話した夫にこんなやさしい目を注げるなんて素晴らしい方だと思いました。

震災日録 6月12日 睦奥宗光とちりめん本

日曜日、根岸小学校に明治10年代の洋館、睦奥宗光邸とそこがちりめん本の版元となった興味深い話を聞きにいく。かえりに「そら塾」へ。路地の奥の長屋にある那須の野菜をふんだんに使ったおいしいお店だが、店主の夏澄さんがふるさと那須に帰るので8月いっぱいで閉店とか。子供を通わせていた保育園が、給食の材料の産地などを開示しないのでついに退園届けを出したというツイッターを見る。

震災日録 6月11日 池上本門寺へ

大森町づくりカフェのお招きで池上会館へ。1時間でつくだろうと思ったが、甘かった。三田、泉岳寺、五反田で乗り換え、一時間半。池上線の沿線には駅ごとに城南信用金庫の支店や看板があり羨ましかった。女川では原発のある場所が高台で安心だと、原発に避難してきている人がいるという。これは週刊金曜日にも載っていた。

夕方、本郷中央教会で「紅葉狩り」ほか草創期の日本映画を弁士つきで見る。

佐藤忠吉さんへ電話したら相変わらず泰然自若。「お米を贈りましょうか。もう食糧を手当てし、必要なひとに贈るような時代に入ってきた」「東北の農家は大変です。われわれ老人は多少、ヨウ素やセシウムが出た野菜でも食べればいいんじゃ」やっぱり、忠吉さんに言ってもらわないと!