桐生市、築50年のノコギリ屋根を残していくための改築をしたい

とクラウドファンディング を始めている井上弘子さんから、『明日の友』(婦人之友社)秋号が送られてきました。

のこぎり屋根のある桐生の街ガイドです。
いま、谷中ののこぎり屋根の資料であるリボンの見本帳は桐生の繊維工業分析試験場に調査のために貸出中。
まもなく調査を始めて2年経ちます。
来年は途中経過をうかがいながら桐生に行ってみよう。

井上さんのクラウドファンディングはこちら
https://readyfor.jp/projects/nokogiriyane2018
苦戦中のようです、ぜひご協力ください。

クラクフののこぎり屋根

のこぎり屋根のタレコミをいただきました!

旅行でポーランドのクラクフに行ったのですが、そこで活躍しているのこぎり屋根を見つけました。中心部から橋を渡った再開発地区、「シンドラーのリスト」のシンドラーさんの工場跡の前に建つ「クラクフ現代美術館」です。

クラクフ現代美術館 https://en.mocak.plレンガ造りの建物をガラスで覆っていますが、形はのこぎり屋根のままです。ロゴマークものこぎり屋根。案内板ものこぎり屋根です。単に建物を使っているだけでなく、全般にのこぎり屋根愛を感じます。残念ながらのんびり歩いて行ったら入場時限に間に合わなくなって展示場には入れなかったのですが、ロビーや中庭、図書館などはぶらぶらできました。ちなみに、隣にものこぎり屋根が残っており、一部はレストランとワインショップになっています。(ワイン屋ではおすすめの地元ワインを買いました)

というわけで、世界ののこぎり屋根レポートでした。
しま

仮チラシができました。 谷中のこ屋根展 ~藍染川ファクトリーライフ~

先にお知らせした「(仮題)谷中のこ屋根展 ~藍染川ストリートライフ~」が「谷中のこ屋根展 ~藍染川ファクトリーライフ~」となって、仮チラシが出来ました。

谷中のこ屋根展 ~藍染川ファクトリーライフ~ 仮チラシ PDF

期間:2月25日(火)〜3月9日(日) 台東区谷中2-4-2
会場:ギャラリーTEN http://galleryten.org/ten/

播州2日目は雪

播州2日目は雪ではじまりました。寒いはず。

今日は午後からオランダのデザイナー、ペトラ・ブレーゼさんの講演会がメイン会場であります。ブレーゼさんの写真を見ると絶世の美女!昨日のファッションショーに続いて立ち見になりそうです。

さて、のこぎり屋根写真展も好評です。

播州織りは綿織物です。古くは長機木綿・長機縞と呼んだ播州織りの創始は、寛政四年(1792年)という史料がありました。

その後、縞木綿・播州縞と呼び、明治25年に多可(たか)郡縞木綿業組合ができました。最初の組合員は縞木綿機業者91名、組合長は来住(きし)兼三郎氏。この来住さんは、播州に初めて石油発動機で動かす豊田式力織機を導入した人でもあります。明治33年8月のことでした。

「播州織り」の言葉が用いられるようになったのはもう少しあとの、明治39年だそうです。こんなことを知ったのは、写真展の開場時間前に寄った郷土資料館で郷土史家の脇坂俊夫さんのお話を聞けたからです。

小高い丘にある童子公園の山上にある資料館の帰り、瓦屋根の大きな3連のこぎり屋根を発見。雪の中の見事な景色でした。

播州のこぎり屋根写真展

たった2日間の播州のこぎり屋根写真展。はじまりました!

10時に播州織りの総合素材展の開会セレモニーが、西脇ロイヤルホテルグランドホールで幕を開け、続いて織物企業とデザイナーがジョイントしたファッションショーが華やかに行われました。

アパレル業界人たちの熱気ムンムン、人が多すぎて身動きとれない…というメイン会場から50メートル離れた間口15間、5連という巨大なのこぎり屋根が写真展の会場です。本日の気温7度、北風が吹き抜ける工場内は底冷えがします。

熱気ムンムンではないけれど、のこぎり屋根を見に人がポツリポツリと、やってきました。

のこ屋根日記7 一宮と桐生

写真展の最終日。
桐生工業高校出身の先輩後輩だという二人の男性が来場した。
前日に展示を見に来た、やはり桐工(きりこう)出身の友人から「桐生の写真が展示してあるで見てこい」と電話があったという。

昭和8年生まれ、桐生出身のAさんは、27年に桐生工業高校織物科を卒業してこちらに就職した。
「機屋(はたや)に勤めて機械直しでもやろうと思ってね。どうせ働くなら、桐生のような小さいところより大きなとこがいいって兄弟に言われて、それでこっちに。一宮は大きい、規模が違います。41年間勤めたよ」

一宮には群馬県人会があって、毎月喫茶店で集い旧交を温めるという。年に1回は総会もある。

もう一人、群馬県人会のBさんは太田市生まれ。昭和35年に就職して一宮に来た、やはり桐工織物科の卒業生。

「ぼくのクラスは50人。ちょうど機屋の次男、三男、四男なんていうのばかりで、跡取りがおらんかったんだな。クラスの20人がこっちに就職した。その中の6人がこっちで結婚して今も住んでる
同じ桐工の機械化の連中には静岡に就職したのが多かった」

桐生工業高校織物科は今はもうなく、染色デザイン科に名前を変えている。

のこ屋根日記6 珈琲

起には喫茶店が多い。
いやいや一宮いったいに多い。自転車で走りまわると、のこぎり屋根の次に「珈琲」「喫茶」の看板が目につく。

「ハタヤ(機屋)」の男は、仕事も家も女に任せ、商談をしに一日に何回でも喫茶店に行く。
「ガッシャンガッシャン、音がうるさくて、家では話ができないだわ」
朝の散歩で寄り、機械が動き出すと駆け込み、相談だぁ、休憩だぁと喫茶店に男たちは集う。
ハタヤを廃業したあとも、喫茶店通いの習慣は残った。

ご存じだろうか? モーニングサービスの発祥は、ここ尾張一宮なのである。
付いてくるのは一般的なトースト、ゆで玉子のほか、なぜか珈琲にピーナッツ、あられ、チョコレート、バナナ、ところによっては小さなおにぎり。
一宮 サンパウロ起の町でいちばん古いという喫茶店「サンパウロ」は7時開店。
4人席テーブル8つに2人席テーブル2つ。7:10に入るとそれぞれバラバラに座り、6つのテーブルが埋まっている。
入口近くのテーブルに座ったらテーブルに水が2つ置いてある。あら、誰かいるのかと隣のテーブルを見ると、そこにも水の入ったコップが1つ。何人もトイレに入っているわけでなし予約席かなぁ。たったひとつ、何もないテーブルがあった。よかった。
優しい年配の女性がオシボリと水を運んでくれる。珈琲とモーニングを注文すると、
「パンに何塗りましょう。バター、ジャム、小倉?」
と聞かれる。
小倉トースト、話に聞いたあんこをたっぷり塗ったトースト。サンパウロでは、珈琲のあとに昆布茶も出てくる。

いつの間にか、満席で相席もちらほら。この間、入口の扉はまったく開かない。雨が降っているのに傘立ても空いている。みなさん、駐車場に面した裏口から出入りしているのだ。
客は新聞を読み、テレビのニュースにはみなで反応する。朝もはよから、なんとも楽しげな空間なのだった。

のこ屋根日記5 銭湯

一宮 煙突は染め屋さん寝袋生活でも風呂には入りたい。
歩いて数分のところに「有馬温泉」と書かれた煙突があるけれども、すでに廃業している。
起に煙突はたくさんあるが、それは染屋さんのもの。煙突は織物の町の象徴であって、残念なことに銭湯を意味しないのだ。

今回の展示に全面協力してくれる名工大の男子学生がネットで銭湯情報を調べてくれた。
そして銭湯通いに欠かせないツールの自転車は、ながらく地域雑誌「谷根千」の読者の中村さんに貸してもらった。
実は中村さんの住む稲沢市が、起の隣町だということも今回初めて知ったのだ。いやぁ、愛知県は奥が深く、不思議なご縁に満ちている。

2日目の晩、一宮市北今字最鳥の「ゆうゆうのやかた」を目指す。
起にコンビニはない。いちばん近いローソンまで走り、まず一宮市の地図を買う。住所で目星をつける。南東におよそ3000メートル。しかし、目印になるものがなく、道を聞きながら向かうのだが、このあたりの人はおしなべてすこぶる親切。
歩いている人を見つけるのは大変だが、ひとたび道を尋ねれば、まったく知らなくとも、なんとか教えようとしてくれる。ともかくも、田んぼに囲まれた住宅街のお宮や曲がったところに、忽然と現れた建物が「ゆうゆうのやかた」だった。
「本日有料です」と札がかけてあるので、無料の日もあるのだろう。一般400円。
1階がレストランとカラオケルーム。2階が浴場で、薬湯、打たせ湯、サウナもある。お得でした。

翌々日の今晩は、名鉄一宮駅(JR尾張一宮駅の隣だが)のすぐ近くの「龍美湯」。
小さな銭湯で、400円。貸しタオルは10円。
下足入れは網型で愛らしく、湯船は5つに仕切られ、そのなかの2つは中央湯船で、浅い湯船と深い湯船になっている。とってもかわいい。
22時仕舞い湯で、カラスの行水よろしくさっと上がって、一宮駅よりバスで起は湊屋に帰ってきたのでした。