[台湾のはなし] トークこぼれ話


トークイベント【臺灣環島鐡路旅遊〜鉄道で台湾一周の旅〜】は、おかげさまで無事に終了いたしました。たくさんのお運び、どうもありがとうございました。
 
私はもちろん、鉄師匠・板谷さんにとっても、実はこれが初めてのトーク。どうなることかと思いましたが、時に客席から合いの手を入れてもらいながら、楽しくおしゃべりすることができました。新たに台湾好きな方と出会えたのも、うれしかったです。
 
あんまり楽しかったので、トークの最後に発表しようと思っていたことを失念してしまいました。それをここに書いておこうと思います。
 
この春、板谷さんは反時計まわり(逆行)、私は時計まわり(順行)に「台湾環島」を成し遂げました。乗った列車も違えば、下車したところも違います。それぞれのルートの総乗車時間と費用を計算してみたところ、こうなりました。
じゃじゃーん!
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
◇板谷さん 
乗車時間 14時間10分 / 費用 5748円(2090元)
 
◇中村
乗車時間 10時間55分 / 費用 6749円(2454元)
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
3日間のTR‐PASSを利用した板谷さんに対して、1週間かけて各地を観光したうえ、高雄から台北まで高鐵(新幹線)を使った私のほうが、少し余計にお金がかかっています。(レートは1元=2.75円で計算)
 
それでもこの安さ!「台湾の物価ってどんな感じ?」と訊かれるたびに、いつも「食費と交通費は安いよ」と答えてきましたが、その言葉を裏づけてくれる結果となりました。
 

また、トークでは米どころ池上の駅弁をご紹介しましたが、その他にもいくつか駅弁を食べたので、ここでご紹介したいと思います。
 
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まずこちらが、花蓮駅で購入した駅弁。お値段なんと60元!日本円に換算すると約165円です。ふたを開けてみると……


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おぉ、ごはんの上にがっつり骨付き肉が乗っかっています。煮玉子、キャベツ、漬物、お肉の下敷きになってわかりにくいですが、ハムも入っています。
 
つづいて、台東で買った駅弁ふたつ。トークでご紹介したのとは違うお店の池上弁当です。正確な値段は忘れてしまいましたが、どちらも70〜80元くらいだったと思います。
 
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ふたを開けると、こんな感じ。
 
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彩り鮮やか!野菜がたっぷり入っているのもうれしいですね。さて注目すべきは、お弁当の箱。実は木箱を使用しているのです。米どころ池上ならではの心配りです。
 
最後にご紹介するのは、高鐵の左営で買った駅弁。八角形のほうは骨付き肉と白ごはん、四角形は骨なし肉と味つけごはん。こちらも70〜80元くらいだったでしょうか。バナナはホテルでもらったものです。
 
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以上、台湾環島で食べた駅弁でした。どれもおいしゅうございました。
(あぁ、おなかがすいてきた……)
 
なお、【アジアンカフェ】は29日(日)までつづきます。アジアの雑貨や本のほかに、鉄道グッズも販売しています。ここだけの話、すんごいお宝もありますよ、ふふふ。フェア限定アジアンメニューもご用意してます。遊びにいらしてね〜。
 
(N)

 トークこぼれ話

トークイベント【臺灣環島鐡路旅遊〜鉄道で台湾一周の旅〜】は、おかげさまで無事に終了いたしました。たくさんのお運び、どうもありがとうございました。
 

私はもちろん、鉄師匠・板谷さんにとっても、実はこれが初めてのトーク。どうなることかと思いましたが、時に客席から合いの手を入れてもらいながら、楽しくおしゃべりすることができました。新たに台湾好きな方と出会えたのも、うれしかったです。
 

あんまり楽しかったので、トークの最後に発表しようと思っていたことを失念してしまいました。それをここに書いておこうと思います。
 

この春、板谷さんは反時計まわり(逆行)、私は時計まわり(順行)に「台湾環島」を成し遂げました。乗った列車も違えば、下車したところも違います。それぞれのルートの総乗車時間と費用を計算してみたところ、こうなりました。
じゃじゃーん!
 

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板谷さん 
乗車時間 14時間10分 / 費用 5748円(2090元)
 

◇中村
乗車時間 10時間55分 / 費用 6749円(2454元)
 

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3日間のTR‐PASSを利用した板谷さんに対して、1週間かけて各地を観光したうえ、高雄から台北まで高鐵(新幹線)を使った私のほうが、少し余計にお金がかかっています。(レートは1元=2.75円で計算)
 

それでもこの安さ!「台湾の物価ってどんな感じ?」と訊かれるたびに、いつも「食費と交通費は安いよ」と答えてきましたが、その言葉を裏づけてくれる結果となりました。
 

また、トークでは米どころ池上の駅弁をご紹介しましたが、その他にもいくつか駅弁を食べたので、ここでご紹介したいと思います。
 



まずこちらが、花蓮駅で購入した駅弁。お値段なんと60元!日本円に換算すると約165円です。ふたを開けてみると……

 

 

おぉ、ごはんの上にがっつり骨付き肉が乗っかっています。煮玉子、キャベツ、漬物、お肉の下敷きになってわかりにくいですが、ハムも入っています。
 

つづいて、台東で買った駅弁ふたつ。トークでご紹介したのとは違うお店の池上弁当です。正確な値段は忘れてしまいましたが、どちらも70〜80元くらいだったと思います。
 

   
 


ふたを開けると、こんな感じ。
 

  
 

彩り鮮やか!野菜がたっぷり入っているのもうれしいですね。さて注目すべきは、お弁当の箱。実は木箱を使用しているのです。米どころ池上ならではの心配りです。
 

最後にご紹介するのは、高鐵の左営で買った駅弁。八角形のほうは骨付き肉と白ごはん、四角形は骨なし肉と味つけごはん。こちらも70〜80元くらいだったでしょうか。バナナはホテルでもらったものです。
 

 
 

以上、台湾環島で食べた駅弁でした。どれもおいしゅうございました。
(あぁ、おなかがすいてきた……)
 

なお、【アジアンカフェ】は29日(日)までつづきます。アジアの雑貨や本のほかに、鉄道グッズも販売しています。ここだけの話、すんごいお宝もありますよ、ふふふ。フェア限定アジアンメニューもご用意してます。遊びにいらしてね〜。
 

(N)

 集集線の旅 こぼれ話

 
雨を振り切るようにして、台中に帰り着いた私たち。夕食は「香蕉新楽園」というレストランでいただくことにしました。英語にすると、「バナナ・ニューパラダイス」。いったいどんなところなのでしょう。
 

出迎えてくれたのは、青いディーゼル車。日本東急製の車両で、その色から「ドラえもん」の愛称で親しまれているそうです。
 



写真にある「月台」という中国語、もう覚えましたね。そう、プラットホームです。車両内部には、かつて使われていた鉄道関連のグッズや、案内板、ポスターが展示されていました。



名残惜しいですが、バナナ・ニューパラダイスへ入ってみましょう。すると、まあ、なんということでしょう。一瞬にして過去への時間旅行が叶ってしまいました。
 


 


ここに再現されているのは1960〜70年代の台湾の街並み。理髪店、写真館、歯医者など「巴洛克(バロック)」様式の建物がずらりと並び、壮観です。
 

街を飾るホーロー看板やポスターなどのアイテムは、すべて骨董コレクターとして知られるオーナーのコレクションだそうです。つまり実際に街中で使われていたものということですね。
 

日本語で書かれたものもたくさんありました。なんだか懐かしいたたずまい。
 

 

メニューは国語の「課本(教科書)」風です。
 



 

店の一番奥には、映画館を模したスペースもありました。
この2階で、驚くべき事件が起こります。 
 


 

映画館2階のトイレの前に、大きな一枚の絵が貼ってありました。どうやら映画の一場面を切り取ったもののようです。それを見て、母が一言。
 

「這是我(これ、私よ)!」
 

さてその問題の絵がこちら。
 


 

ふりむく女性がそうかと思えば、さにあらず。あちらをむいて立つ女性3人の先頭が母だと言うのです。むむむ、後姿では検証のしようがありません。
 


 

母曰く、この女性たちは侍女を装ったスパイなのだそうです。そう言われてみれば、たしかに不穏な空気が漂っているような気がしてくるから不思議です。
 

そんなこんなで、私のルーツ探し集集線の旅は、思わぬおまけつきで幕を閉じたのでした。おしまい。
 

(スパイの娘N)

[台湾のはなし] 集集線の旅 こぼれ話

 
雨を振り切るようにして、台中に帰り着いた私たち。夕食は「香蕉新楽園」というレストランでいただくことにしました。英語にすると、「バナナ・ニューパラダイス」。いったいどんなところなのでしょう。
 
出迎えてくれたのは、青いディーゼル車。日本東急製の車両で、その色から「ドラえもん」の愛称で親しまれているそうです。
 
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写真にある「月台」という中国語、もう覚えましたね。そう、プラットホームです。車両内部には、かつて使われていた鉄道関連のグッズや、案内板、ポスターが展示されていました。


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名残惜しいですが、バナナ・ニューパラダイスへ入ってみましょう。すると、まあ、なんということでしょう。一瞬にして過去への時間旅行が叶ってしまいました。
 
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ここに再現されているのは1960〜70年代の台湾の街並み。理髪店、写真館、歯医者など「巴洛克(バロック)」様式の建物がずらりと並び、壮観です。
 
街を飾るホーロー看板やポスターなどのアイテムは、すべて骨董コレクターとして知られるオーナーのコレクションだそうです。つまり実際に街中で使われていたものということですね。
 
日本語で書かれたものもたくさんありました。なんだか懐かしいたたずまい。
 
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メニューは国語の「課本(教科書)」風です。
 
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店の一番奥には、映画館を模したスペースもありました。
この2階で、驚くべき事件が起こります。 
 
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映画館2階のトイレの前に、大きな一枚の絵が貼ってありました。どうやら映画の一場面を切り取ったもののようです。それを見て、母が一言。
 
「這是我(これ、私よ)!」
 
さてその問題の絵がこちら。
 
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ふりむく女性がそうかと思えば、さにあらず。あちらをむいて立つ女性3人の先頭が母だと言うのです。むむむ、後姿では検証のしようがありません。
 
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母曰く、この女性たちは侍女を装ったスパイなのだそうです。そう言われてみれば、たしかに不穏な空気が漂っているような気がしてくるから不思議です。
 
そんなこんなで、私のルーツ探し集集線の旅は、思わぬおまけつきで幕を閉じたのでした。おしまい。
 
(スパイの娘N)

 集集線の旅 その3

 
黒い雲と追いかけっこをするように、集集線は走ります。途中の踏切で手作業によるポイント切り替えを目撃しました。1時間半に1本しか走らないローカル線ならではの風景です。
 



 

おじさんが歩いて行って……どっこいしょ!
 


 


15:11、集集線の起点である二水に到着しました。ここが父方の祖父の生まれ故郷です。話に聞くばかりの、一度も会うことの叶わなかった祖父が、日本へ出てくるまでの時間を過ごした故郷なのです。……などと感傷的なことを言いながら、にわか撮り鉄気分は忘れていません。台鐵西部幹線の列車を激写。青と黄色のコントラストが美しいです。でも側面は銀色です。
 


 

駅を出て、まずは駅舎をバックに母や親戚と記念撮影。親戚の手には、先ほど買った「公益彩券」がしっかり握られています。
 

何十年ぶりかに二水の地を踏んだという母曰く、祖父の実家は駅からだいぶ距離がある上、連絡先ももう手元に残っていないとのこと。その代わり、お世話になった医者の家が駅の近くにあったはずだというので、その家を探してみることにしました。
 


歩きはじめてすぐ、日本家屋が立ち並ぶ集落がありました。かつてこの町には、多くの日本人が住んでいたのでしょう。なかには屋根が抜けて傾きかけているものもありましたが、住み継がれている家もありました。
それにしても背後の雲が不穏です。
  


昔はこんな立派な道路なんかなかったから、もう全然わかんない、と半ばあきらめかけている母を励ましながら、歩くこと数分。「あったあった」と、母が一軒の中庭にずんずん入っていきました。三合院を現代風に作り直したような邸宅です。
 


 

「すみません」となぜか日本語で呼びかける母。その声に応じて、お手伝いさんらしきひとが顔を出しました。「あのひとはいる?」「じゃあ、あのひとは?」という母の質問に、残念そうに首を横に振るお手伝いさん。それはそうです。長い歳月が過ぎているのですから。
 

もう往時を知るひとはいないのかと思ったそのとき、「大奥様ならいますよ」とお手伝いさんが言いました。大奥様と言われても、ぴんとこない様子の母を置いて、一旦奥へ引っ込みます。
 

そのお手伝いさんに手を引かれて現れた老婦人を見た瞬間、「わあ!」母が華やいだ声をあげました。対する老婦人も、「ああ!」と感嘆の声をこぼします。手に手をとりあって再会を喜ぶふたり。はたして大奥様こそ、若かりし日の父と母を知るそのひとだったのです。
 

私たちはソファの置いてある部屋に通されました。母と老婦人は、手をとりあったままです。そうして、それぞれの家族の近況や、私が生まれるずっと前のことを話しました。どうやら母は、父の実家を訪れる際に、祖父兄弟と縁のあったこの家に泊めてもらっていたようです。
 

老婦人はときどき、とても美しい日本語で私に話しかけてくれました。かつて日本が台湾を統治していた時代に、日本語教育を受けたのだということがわかりました。同じく日本語教育を受け、医者になったご主人は、バイクで往診中、曲がり角で車にはねられて亡くなったそうです。
 



昔、母が使わせてもらったお風呂場がそのまま残っているというので、見せてもらうことにしました。当時としては珍しく、小さいながらもきちんと浴槽のついたお風呂だそうです。
ミントグリーンに塗られた木の扉を開けると、「そうそうこれだった」と母が懐かしそうにうなずきます。





裏庭には、ブランコのさがった大きな木があり、猫がいました。台中界隈で出会う猫はとてもひとなつっこく、呼ぶ前からからだをすりよせてきます。「小鬼(悪ガキ)」にいじめられたトラウマがないのでしょうか。
かわいいです。

老婦人の家で30分ほど過ごしたでしょうか。いよいよ空模様も怪しくなってきたので、おいとますることにしました。母と老婦人は、最後まで手をとりあったままでした。

二水の駅に着くかどうかというところで、とうとう雨が降りはじめました。それはそれは激しい雨です。切符を買って、「月台」で16:06発、台鐵西部幹線「上行」を待ちます。やってきた青い列車に乗車し、私の集集線の旅は幕を閉じました。
 


祖父の実家を訪れることこそ叶いませんでしたが、それはきっとまた機会があるでしょう。胸に去来するあれこれに思いを馳せながら車窓を眺めていたら、窓がかわいらしい形をしていることに気づいて、ぱちりと写真を撮ったのでした。

 
 

「集集線の旅」おしまい。次回こぼれ話につづく。(N)
 

[台湾のはなし] 集集線の旅 その3

 
黒い雲と追いかけっこをするように、集集線は走ります。途中の踏切で手作業によるポイント切り替えを目撃しました。1時間半に1本しか走らないローカル線ならではの風景です。
 
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おじさんが歩いて行って……どっこいしょ!
 

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15:11、集集線の起点である二水に到着しました。ここが父方の祖父の生まれ故郷です。話に聞くばかりの、一度も会うことの叶わなかった祖父が、日本へ出てくるまでの時間を過ごした故郷なのです。……などと感傷的なことを言いながら、にわか撮り鉄気分は忘れていません。台鐵西部幹線の列車を激写。青と黄色のコントラストが美しいです。でも側面は銀色です。
 
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駅を出て、まずは駅舎をバックに母や親戚と記念撮影。親戚の手には、先ほど買った「公益彩券」がしっかり握られています。
 
何十年ぶりかに二水の地を踏んだという母曰く、祖父の実家は駅からだいぶ距離がある上、連絡先ももう手元に残っていないとのこと。その代わり、お世話になった医者の家が駅の近くにあったはずだというので、その家を探してみることにしました。
 
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歩きはじめてすぐ、日本家屋が立ち並ぶ集落がありました。かつてこの町には、多くの日本人が住んでいたのでしょう。なかには屋根が抜けて傾きかけているものもありましたが、住み継がれている家もありました。
それにしても背後の雲が不穏です。
  


昔はこんな立派な道路なんかなかったから、もう全然わかんない、と半ばあきらめかけている母を励ましながら、歩くこと数分。「あったあった」と、母が一軒の中庭にずんずん入っていきました。三合院を現代風に作り直したような邸宅です。
 
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「すみません」となぜか日本語で呼びかける母。その声に応じて、お手伝いさんらしきひとが顔を出しました。「あのひとはいる?」「じゃあ、あのひとは?」という母の質問に、残念そうに首を横に振るお手伝いさん。それはそうです。長い歳月が過ぎているのですから。
 
もう往時を知るひとはいないのかと思ったそのとき、「大奥様ならいますよ」とお手伝いさんが言いました。大奥様と言われても、ぴんとこない様子の母を置いて、一旦奥へ引っ込みます。
 
そのお手伝いさんに手を引かれて現れた老婦人を見た瞬間、「わあ!」母が華やいだ声をあげました。対する老婦人も、「ああ!」と感嘆の声をこぼします。手に手をとりあって再会を喜ぶふたり。はたして大奥様こそ、若かりし日の父と母を知るそのひとだったのです。
 
私たちはソファの置いてある部屋に通されました。母と老婦人は、手をとりあったままです。そうして、それぞれの家族の近況や、私が生まれるずっと前のことを話しました。どうやら母は、父の実家を訪れる際に、祖父兄弟と縁のあったこの家に泊めてもらっていたようです。
 
老婦人はときどき、とても美しい日本語で私に話しかけてくれました。かつて日本が台湾を統治していた時代に、日本語教育を受けたのだということがわかりました。同じく日本語教育を受け、医者になったご主人は、バイクで往診中、曲がり角で車にはねられて亡くなったそうです。
 
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昔、母が使わせてもらったお風呂場がそのまま残っているというので、見せてもらうことにしました。当時としては珍しく、小さいながらもきちんと浴槽のついたお風呂だそうです。
ミントグリーンに塗られた木の扉を開けると、「そうそうこれだった」と母が懐かしそうにうなずきます。



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裏庭には、ブランコのさがった大きな木があり、猫がいました。台中界隈で出会う猫はとてもひとなつっこく、呼ぶ前からからだをすりよせてきます。「小鬼(悪ガキ)」にいじめられたトラウマがないのでしょうか。
かわいいです。
 
 
 
老婦人の家で30分ほど過ごしたでしょうか。いよいよ空模様も怪しくなってきたので、おいとますることにしました。母と老婦人は、最後まで手をとりあったままでした。
 
二水の駅に着くかどうかというところで、とうとう雨が降りはじめました。それはそれは激しい雨です。切符を買って、「月台」で16:06発、台鐵西部幹線「上行」を待ちます。やってきた青い列車に乗車し、私の集集線の旅は幕を閉じました。
 
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祖父の実家を訪れることこそ叶いませんでしたが、それはきっとまた機会があるでしょう。胸に去来するあれこれに思いを馳せながら車窓を眺めていたら、窓がかわいらしい形をしていることに気づいて、ぱちりと写真を撮ったのでした。

 
 

「集集線の旅」おしまい。次回こぼれ話につづく。(N)
 

 集集線の旅 その2

集集線・集集の駅前広場にはSLが展示され、ちびっこたちが群がっていました。駅舎の修復といい、町のひとたちの鉄道愛を感じさせます。
 

 

ですが、ここでも私たちに与えられた時間は1時間半。14:37の列車を逃すと、次は16:00まで待たねばなりません。ということで、先を急ぎます。(帰国後、そこに「鉄路文物博覧館」なるものがあると知りました。予習不足はいけませんね)
 

まずは、腹ごしらえ。幸い駅前に土産物屋と食堂が集まっていたので、ガラス扉に「冷気開放」と大きく書いてある食堂に入りました。「冷気」とはクーラーのこと。つまり「クーラーあるよ、涼しいよ」ということを売りにしているのですね。冷暖房完備を売りにしていた昔の映画館のようです。
 


 
 
そこで頼んだのが、魯肉飯、燙青菜、貢丸湯。だいたいどこの食堂にもある定番メニューです。ふたりで500円もあれば、ほどよくおなかがふくれます。
 
 
 

つづいて、食堂の並びにあったレンタサイクル屋で自転車を借ります。値段は忘れてしまいましたが、時間制ではなく、1台いくらという計算でした。
 

颯爽と自転車にまたがって、目指すは「武昌宮」という廟。やはり1999年9月21日の大地震で1階部分がつぶれてしまったのですが、それをそのまま保存し、観光スポットにしているのだそうです。平日なのでほとんど人はいませんでしたが、大型バスの駐車場が完備され、土産物屋もありました。台湾人のたくましさを感じます。
 

御神体はプレハブ作りの仮宮に収められていて、みなさんそちらに拜拜(お参り)に行っているようです。現在、隣に新しい廟を建設中で、完成した暁にはまたそちらに御神体を移すとか。近距離とはいえ、神様のお引越しはなかなか大変そうです。
 

来た道を引き返して、次は「集集古街」を目指します。
途中で「家跡」も集集、もとい、収集。 
 


 

「集集古街」は名前から想像するほど古くはありませんでした。よくあることです。でも「家跡」に出会えればそれでよし。
 



 

裏道まで見てまわったら、そろそろ時間。炎天下を走りまわったので、のどが渇きました。駅前の土産物屋でラムネを買ったら、日本語も併記してありました。中国語では「彈珠汽水」。炭酸の勢いが表れています。


列車の到着時刻が迫っているというのに、親戚が姿を見せません。どうしたのかと思っていると、売店で「公益彩券」を買っていたとのこと。台湾の宝くじのことです。当たりますようにと、なぜか券をからだにこすりつけられました。ご利益があったかどうかは秘密です。
 

そうして無事14:37の集集線に乗車。いよいよ最後の目的地、二水へむかいます。最後部の窓辺に陣取って景色を眺めていると、不穏な雲が追いかけてきました。夕立の気配濃厚です。



 
 

つづく。(N)

[台湾のはなし] 集集線の旅 その2

集集線・集集の駅前広場にはSLが展示され、ちびっこたちが群がっていました。駅舎の修復といい、町のひとたちの鉄道愛を感じさせます。
 
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ですが、ここでも私たちに与えられた時間は1時間半。14:37の列車を逃すと、次は16:00まで待たねばなりません。ということで、先を急ぎます。(帰国後、そこに「鉄路文物博覧館」なるものがあると知りました。予習不足はいけませんね)
 
まずは、腹ごしらえ。幸い駅前に土産物屋と食堂が集まっていたので、ガラス扉に「冷気開放」と大きく書いてある食堂に入りました。「冷気」とはクーラーのこと。つまり「クーラーあるよ、涼しいよ」ということを売りにしているのですね。冷暖房完備を売りにしていた昔の映画館のようです。
 
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そこで頼んだのが、魯肉飯、燙青菜、貢丸湯。だいたいどこの食堂にもある定番メニューです。ふたりで500円もあれば、ほどよくおなかがふくれます。
 
 
 
つづいて、食堂の並びにあったレンタサイクル屋で自転車を借ります。値段は忘れてしまいましたが、時間制ではなく、1台いくらという計算でした。
 
颯爽と自転車にまたがって、目指すは「武昌宮」という廟。やはり1999年9月21日の大地震で1階部分がつぶれてしまったのですが、それをそのまま保存し、観光スポットにしているのだそうです。平日なのでほとんど人はいませんでしたが、大型バスの駐車場が完備され、土産物屋もありました。台湾人のたくましさを感じます。
 
御神体はプレハブ作りの仮宮に収められていて、みなさんそちらに拝拝(お参り)に行っているようです。現在、隣に新しい廟を建設中で、完成した暁にはまたそちらに御神体を移すとか。近距離とはいえ、神様のお引越しはなかなか大変そうです。
 
来た道を引き返して、次は「集集古街」を目指します。
途中で「家跡」も集集、もとい、収集。 
 
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「集集古街」は名前から想像するほど古くはありませんでした。よくあることです。でも「家跡」に出会えればそれでよし。
 
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裏道まで見てまわったら、そろそろ時間。炎天下を走りまわったので、のどが渇きました。駅前の土産物屋でラムネを買ったら、日本語も併記してありました。中国語では「彈珠汽水」。炭酸の勢いが表れています。



列車の到着時刻が迫っているというのに、親戚が姿を見せません。どうしたのかと思っていると、売店で「公益彩券」を買っていたとのこと。台湾の宝くじのことです。当たりますようにと、なぜか券をからだにこすりつけられました。ご利益があったかどうかは秘密です。
 
そうして無事14:37の集集線に乗車。いよいよ最後の目的地、二水へむかいます。最後部の窓辺に陣取って景色を眺めていると、不穏な雲が追いかけてきました。夕立の気配濃厚です。


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つづく。(N)

 集集線の旅 その1


往来堂書店で開催中の「台湾<家跡>写真展+建築の本フェア」も、あと数日。せっかくなので、家跡を探し歩いた夏の台湾旅行のことを少し書こうと思います。 

今夏の台湾旅行には、家跡探しのほかにもうひとつ、「集集線」に乗るという目的がありました。集集線は、日本統治時代に水力発電所の建設資材を運ぶために敷かれた全長29.7km、全7駅の路線です。役目を終えた現在は、観光鉄道として人々に親しまれています。

その起点である二水が、父方の祖父の生まれ故郷と知っては、乗らずにはいられません。集集線の旅は、私のルーツ探しの旅でもあったのです。
 

そんなわけで、ある夏の暑い日、私は母や台湾の親戚と一緒に、台中駅から集集線の旅をはじめました。
 

購入した切符は2種類。台中から二水までの切符と、集集線・二水から車埕までの一日乗車券です。
 

  

プラットフォームのことを中国語で「月台」と言います。まるでこれからロケットにでも乗るような気持ちにさせてくれる名前です。台中駅の月台は、柱がとてもおしゃれでした。 
 


 

私たちが乗るのは、9:35台中発の區間快車3809。日本語で言えば区間快速でしょうか。ちなみに下りは「下行」と言うそうです。となれば上りは当然「上行」。初めて知りました。
てっきり二水で集集線に乗り換えるものだと思っていたら、どうやら直通運転をしているらしく、台中で乗る列車がそのまま集集線なのでした。やってきたのはこちらの列車。
 


 

内部はこんなことになってます。中華風?
 


  

でもこの車両は日本製。「NIPPON SHARYO 1998 JAPAN」のプレートがありました。意外と新しいですね。連結部分の横には、秘密の小部屋のようになったペアシートが。カップルにお勧めです。 
 


 

さあ、時間になりました。いよいよ出発です。まずは一気に終点の車埕まで行ってしまおうという計画です。しばらくは台鐵西部幹線を走ります。ときどき車窓から「家跡」が見えてじりじり。立派な三合院もいくつか見かけました。屋根のそり具合がたまりません。途中の彰化では、扇形車庫もちらっと見えました。こちらは後日訪れましたが、そのお話はまた別の機会に。
 

10:37、二水着。ここから先が集集線で、単線になります。その昔、祖父の実家は二水でバナナ農園をやっていたと聞きましたが、たしかにバナナの木が目につくようになりました。南国情緒たっぷりです。二水、源泉、濁水と「水」に関連する駅名が並びますが、お次の龍泉駅はまるでジャングル。降りた先になにが待っているのか興味津々です。
 

  
 

ジャングルのお次は、集集、水里、そして終点の車埕です。どこの駅だったかは忘れましたが、途中で乗ってきた家族連れが、アイスキャンデーをくれました。よほどはらへりに見えたのでしょうか。「Stay hungry」というジョブズさんの言葉を思えば、悪いことではなさそうです。
 

11:28、車埕着。集集線は1時間半に1本しかないので、予定がぎゅうぎゅう詰めの私たちは、次の列車が来るまでにてきぱきと観光しなくてはいけません。でもその前に、去りゆく集集線を激写。にわか撮り鉄気分です。
 


 

木造の駅舎は無人で、みんな勝手に出入りしていました。なぜかここでまたアイスキャンデーを1本。暑いのであっという間に溶けてしまいます。
 

 

 

車埕は観光名所・日月潭にほど近い場所にある小さな集落です。かつては林業で栄えたそうで、近年、立派な木業展示館が建てられ、その歴史を観光客に伝えています。中では小学生たちが木工体験中でした。

ここで売られている木製のお土産が、とにかく安い!小さな丸椅子が約600円だったので買ってしまおうかと思いましたが、これを抱えたまま一日過ごすことを考えて我慢。台中駅だって250元(約630円)で買えます。

 
 

木業展示館、集落の日本家屋などを見ていると、1時間半なんてあっという間です。駅に戻って12:59発の集集線に乗車します。

次の目的地は集集。白い木造駅舎は日本統治時代に建てられたもので、1999年9月21日に起きた大地震で一度は倒壊しましたが、関係者の尽力により修復されたそうです。
 


 

つづく。(N)

[台湾のはなし] 集集線の旅 その1


往来堂書店で開催中の「台湾<家跡>写真展+建築の本フェア」も、あと数日。せっかくなので、家跡を探し歩いた夏の台湾旅行のことを少し書こうと思います。 
今夏の台湾旅行には、家跡探しのほかにもうひとつ、「集集線」に乗るという目的がありました。集集線は、日本統治時代に水力発電所の建設資材を運ぶために敷かれた全長29.7km、全7駅の路線です。役目を終えた現在は、観光鉄道として人々に親しまれています。
その起点である二水が、父方の祖父の生まれ故郷と知っては、乗らずにはいられません。集集線の旅は、私のルーツ探しの旅でもあったのです。
 
そんなわけで、ある夏の暑い日、私は母や台湾の親戚と一緒に、台中駅から集集線の旅をはじめました。
 
購入した切符は2種類。台中から二水までの切符と、集集線・二水から車埕までの一日乗車券です。
 
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プラットフォームのことを中国語で「月台」と言います。まるでこれからロケットにでも乗るような気持ちにさせてくれる名前です。台中駅の月台は、柱がとてもおしゃれでした。 
 

f:id:seishubu:20110811101836j:image:h500
 
私たちが乗るのは、9:35台中発の區間快車3809。日本語で言えば区間快速でしょうか。ちなみに下りは「下行」と言うそうです。となれば上りは当然「上行」。初めて知りました。
てっきり二水で集集線に乗り換えるものだと思っていたら、どうやら直通運転をしているらしく、台中で乗る列車がそのまま集集線なのでした。やってきたのはこちらの列車。
 
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内部はこんなことになってます。中華風?
 
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でもこの車両は日本製。「NIPPON SHARYO 1998 JAPAN」のプレートがありました。意外と新しいですね。連結部分の横には、秘密の小部屋のようになったペアシートが。カップルにお勧めです。 
 
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さあ、時間になりました。いよいよ出発です。まずは一気に終点の車埕まで行ってしまおうという計画です。しばらくは台鐵西部幹線を走ります。ときどき車窓から「家跡」が見えてじりじり。立派な三合院もいくつか見かけました。屋根のそり具合がたまりません。途中の彰化では、扇形車庫もちらっと見えました。こちらは後日訪れましたが、そのお話はまた別の機会に。
 
10:37、二水着。ここから先が集集線で、単線になります。その昔、祖父の実家は二水でバナナ農園をやっていたと聞きましたが、たしかにバナナの木が目につくようになりました。南国情緒たっぷりです。二水、源泉、濁水と「水」に関連する駅名が並びますが、お次の龍泉駅はまるでジャングル。降りた先になにが待っているのか興味津々です。
 
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ジャングルのお次は、集集、水里、そして終点の車埕です。どこの駅だったかは忘れましたが、途中で乗ってきた家族連れが、アイスキャンデーをくれました。よほどはらへりに見えたのでしょうか。「Stay hungry」というジョブスさんの言葉を思えば、悪いことではなさそうです。
 
11:28、車埕着。集集線は1時間半に1本しかないので、予定がぎゅうぎゅう詰めの私たちは、次の列車が来るまでにてきぱきと観光しなくてはいけません。でもその前に、去りゆく集集線を激写。にわか撮り鉄気分です。
 
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木造の駅舎は無人で、みんな勝手に出入りしていました。なぜかここでまたアイスキャンデーを1本。暑いのであっという間に溶けてしまいます。
 
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車埕は観光名所・日月潭にほど近い場所にある小さな集落です。かつては林業で栄えたそうで、近年、立派な木業展示館が建てられ、その歴史を観光客に伝えています。中では小学生たちが木工体験中でした。

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ここで売られている木製のお土産が、とにかく安い!小さな丸椅子が約600円だったので買ってしまおうかと思いましたが、これを抱えたまま一日過ごすことを考えて我慢。台中駅だって250元(約630円)で買えます。

 
 
木業展示館、集落の日本家屋などを見ていると、1時間半なんてあっという間です。駅に戻って12:59発の集集線に乗車します。
次の目的地は集集。白い木造駅舎は日本統治時代に建てられたもので、1999年9月21日に起きた大地震で一度は倒壊しましたが、関係者の尽力により修復されたそうです。
 
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つづく。(N)

 台湾<家跡>写真展+建築の本フェア

春につづき、秋も第二の故郷・台湾の写真展を開催させていただくことになりました。台湾が好きな方はもちろん、散歩や旅が好きな方、建築が好きな方、そして鉄道が好きな方にも楽しんでいただけたらうれしいです。ご好評いただいたチャリティ絵はがきの新作もご用意します。あなたの知らない台湾にきっと出会えるはず。
 

+++++++++++++++++++++++
 

台湾<家跡>写真展+建築の本フェア
 

日時:10月8日(土)〜23日(日) 10:00〜23:00
場所:往来堂書店 http://www.ohraido.com/
 

+++++++++++++++++++++++
 


たくさんのお運びお待ちしておりまーす。



台湾のぐうたら招き猫。(N)

[台湾のはなし] 台湾<家跡>写真展+建築の本フェア


春につづき、秋も第二の故郷・台湾の写真展を開催させていただくことになりました。台湾が好きな方はもちろん、散歩や旅が好きな方、建築が好きな方、そして鉄道が好きな方にも楽しんでいただけたらうれしいです。ご好評いただいたチャリティ絵はがきの新作もご用意します。あなたの知らない台湾にきっと出会えるはず。
 
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台湾<家跡>写真展+建築の本フェア
 
日時:10月8日(土)〜23日(日) 10:00〜23:00
場所:往来堂書店 http://www.ohraido.com/
 
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たくさんのお運びお待ちしておりまーす。



台湾のぐうたら招き猫。(N)

[お知らせ][台湾のはなし] 謝謝大家!(みんなありがとう)

 
f:id:seishubu:20110422122159j:image:right:w215  はじめての「台湾<家跡>写真展」は、無事に終了いたしました。お越しくださったみなさま、励ましの言葉をくださったみなさま、そしてなにより、ふたつ返事で場所を提供してくださったO店長はじめ往来堂書店スタッフのみなさま、どうもありがとうございました。
 
 台湾チャリティー絵はがきは、合計73枚をお買い求めいただき、全8種類のうち4種が売り切れとなりました。売上金7300円は、日本赤十字社を通し、すべて東日本大震災の義援金として寄付いたします。 
  
 I副部長と一緒に選んだ台湾の本もご好評をいただき、うれしいかぎりです。「旅の本フェア」は13日(金)まで続きます。副部長いちおし、片倉佳史さんの『観光コースでない台湾―歩いて見る歴史と風土』や、不忍ブックストリームで紹介した酒井充子さんの『台湾人生』も再入荷していますので、ぜひお運びください。
 
 お越しいただけなかった方、そして「あの感動をもう一度」という方(つまり自分)のために、往来堂書店での展示風景をご紹介します。

 
f:id:seishubu:20110510200406j:image:left:h300



 
青いひさしに赤いぼんぼり。
 
ここが千駄木、往来堂書店。
 
さあさあ、なかへお入りください。
 





 
 
 
 
f:id:seishubu:20110509204414j:image:right:h300

 
 
まずは右手をご覧ください。
 
こちらがメインの展示スペース。
 
上から家跡、台湾、家跡、台湾……という風に、家跡写真で台湾写真をサンドイッチしてます。
 
 
 
 
f:id:seishubu:20110422195614j:image:left:h300
 
 
 
 
手前下側が、チャリティー絵はがき一番人気「春と福を招く扉」のもとになった写真です。
 
 
 
 
 
 
f:id:seishubu:20110422195709j:image:right:h300
 
 
 
 
振り返れば、そこにも家跡。
 
「福」の字も一緒に揺れています。
 
          f:id:seishubu:20110423121234j:image:h130
 
f:id:seishubu:20110509204341j:image:left:h300
 
 
 
 
 
おや、奥にも赤いぼんぼりが。
 
ずずいとなかまで入ってみましょう。
 
 
 

 

 

f:id:seishubu:20110509204624j:image:right:h280 


あ、これが噂の3D家跡!
 
家内制手工業でせっせと作りました。
 
リズミカルに並んでいます。
 
 
 
 
f:id:seishubu:20110509204710j:image:left:h300


 
 
 
 
その横にもひっそり3D家跡を展示していたことに、さてどれくらいの方が気づいたでしょう。
 
 
 
 
  
 
 
 
 

 ということで、「台湾<家跡>写真展」はこれにておしまい。おつきあいありがとうございました。チャリティー絵はがきや本を買っていただいたり、花束をいただいたり、「家跡を探すっていう楽しみが増えたわ」というお言葉をいただいたり、本当に楽しい16日間でした。また近いうちにお会いしましょう。再見! (N)

[お知らせ][台湾のはなし]

 
第二の故郷・台湾を旅していると
壁に残された家々の跡が
ときにひそやかに、ときに情感豊かに語りかけてくる景色に
あちこちで出会います。
 
まるで地層に残された化石のように
降りつもる星霜を刻んでゆくその姿に
私は<家跡(かせき)>と名前をつけました。
 
台湾の熱気と喧騒のなかで
<家跡>が紡ぐ言葉に耳を傾けてみてください。

 
台湾<家跡>写真展+旅の本フェア
場所 往来堂書店 文京区千駄木2-47-11
写真展 4月23日(土)〜5月 8日(日)
フェア 4月15日(金)〜5月13日(金)
 
2011年 春  青秋部N
 
ツイッターはじめました。

[台湾のはなし] キャンバスになった<家跡>

  
台北より台湾高速鉄道(略して「高鉄」)で南へ下ること約1時間40分、初めて降り立った台南の町は、<家跡>の宝庫でした。しかしそれは、古い建物がどんどん姿を消しているということでもあります。日本人をしてしばしば「台北よりもさらに懐かしさを覚える町」と言わしめる台南も、当たり前のことですが、少しずつ変容しているようです。
 
ところが、そんなよそ者の感傷などどこ吹く風。台湾人の手にかかると、<家跡>がこんなことになってしまいます。
 
f:id:seishubu:20101031125213j:image
 
こちらは、道路拡張工事に伴って誕生したと思しき<家跡>です。キャンバスとして堂々たる第二の人生(家生?)を歩みはじめています。
 
同じ道路沿いには、さらにこんなものも。
 
f:id:seishubu:20101031124426j:image
 
突き出た梁もそのままに、お色直し。すっかり観光スポットとして定着しています。「なぜそこでやめた?」というつぶやきも、ここではほとんど無意味です。
 
ここは台南海安路、その名も「海安街道美術館」。ご紹介した<キャンバス家跡>たちは、夜はご丁寧にライトアップまでされてしまいます。
 
<キャンバス家跡>はこれ以外にもいくつかありますが、そのうちのひとつ、ショッキングピンクの壁が印象的な作品を、往来堂書店レジ横の壁に展示しています。8日までの期間限定ですので、ぜひお運びください(と、ちゃんと宣伝)。
 
f:id:seishubu:20101031131133j:image:medium:rightなお、チャリティー絵はがきで一番人気の「春と福を招く扉」は、この海安路二段を曲がった神農街というところにあります。絵はがきのお求めは往来堂書店まで(と、もう一度宣伝)。 (N)
 

[台湾のはなし] 台湾人の美学?

 
千駄木は往来堂書店で開催中の「台湾<家跡>写真展+旅の本フェア」は、本日6日目を迎えました(あ、フェアはもっと長いですね)。足を運んでくださったみなさま、ありがとうございます。せっかくなので、こちらのブログでも台湾<家跡>写真を何点かご紹介しようと思います。
 
台湾には、日本の長屋よろしく、仲良くくっついて建っている建物が少なくありません。低層の住宅や商店だけではなく、マンションやビルでもそうです。そのおかげで、台湾の町には「走廊」(日本語では「亭仔脚」)と呼ばれるアーケードが途切れることなくつづき、独特の風景を生み出しているのですが、それはまた別のおはなし。
 
くっついて建っていた建物の一方を取り壊せば、当然、跡が残ります。おそらく日本なら、トタンで覆ったりペンキを塗ったりして、できるだけ跡が残らないように気を配ることでしょう。ところがなぜか台湾では、中途半端な形でうっちゃられたまま、年月を刻んでいる姿をよく見かけます。<家跡>にカメラをむけながら、「なぜそこでやめた?」と何度つぶやいたことでしょう。
 
たとえば、これ。
 
f:id:seishubu:20101103155930j:image
 
ほらね、みなさんも心のなかで「なぜそこでやめた?」とつぶやいたでしょう?
 
そして、これ。
 
f:id:seishubu:20101031125845j:image
 
成長した植物の様子からして、どちらもこの状態がしばらくつづいていると推測できます。だから工事途中というわけではなさそうです。お隣さんの壁を削りとってしまうより、少し多めに残してあげる、という太っ腹な台湾人の美学なのかもしれません。
 
しかし、上には上がいました。次回は、大胆にも<家跡>をキャンバスに絵画を描き、観光スポットにまでしてしまった例をご紹介します。(N)