11月23日 おそれて、こわがらず / 権上かおる

権上です。 今日は、さよなら原発・江東設立の会に呼ばれて行ってきました。9.19 明治公園6万人集会で江東の旗のもとに集まった方たちで引き続き地域で声を上げようと開かれたものだそうです。各地でこのような市民主体の会が増え … 続きを読む

八ッ場ダムの議論を自治体から

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 11月21日、第4回文京区議会定例会が始まりました。12月8日までの18日間です。

 (仮称)千石地域拠点施設建設工事請負契約など9議案が審議されます。 

議会が開催されるたびに、それぞれ各会派から「意見書案」が出され審議されます。

 意見書は、地方自治法第99条で、地方公共団体の公益にかかわる事柄に関して、議会の議決に基づき、議会としての意見や希望を意見書として内閣総理大臣、国会、関係行政庁に提出できることとされています。
 文京区の場合「意見書等調整小委員会」で審議され、全会一致できたものを提出しています。

 私の所属する“市民の広場”からも
 「司法面接を子どもに導入することを求める意見書(案)」
 「放射性物質汚染食品による内部被ばくを防止し、食の安全・安心を確保するためのさらなる対策求める意見(案)」
 「労働者派遣法の本来の精神を活かし早期制定をめざす意見書(案)」
 の3件を提出しました。

 自民党からは「八ッ場ダム建設事業の早期完成を求める意見書(案)」が提出されました。
 洪水調整、利水などの面で「八ッ場ダム建設が最も有利であることが明確」であることが主張されています。

 以下は、八ッ場ダムについての私の意見の要点です。
 ダムそのものが洪水調整としての機能がはたせるのか?鉄砲水や洪水は、森林の乱開発によるところが多い。ダム本体工事は、東京ドーム分のコンクリートを使用することになり、このCO2発生について明らかにされていない。ダム建設は、無駄な公共事業であり、老人福祉施設や待機児対策に予算を回すべきである。そして、なによりも四季折々に美しい姿を見せる吾妻渓谷の自然が破壊される。

 などなどの理由で、私は建設には反対の立場です。
 私たち区民が毎日使う大切な水の問題で、決して国や都だけの議論ではありません。
 是非、文京区議会の場で直接議論したいものです。

写真は、11月23日「時の詩人 アーサー・ビナードがバッサリ切る “ダムのひとつ覚え”~八ッ場も原発も根っこは同じ~」に参加。
 「必要の無いダムや、原発!市民の声でストップさせよう!小気味よいトークに共感!

【逗子】公然たる敵 -ロストノスタルジア-<真珠ノ箱>

ヒグラシ文庫逗子
 水族館劇場2011秋移動公演『公然たる敵 -ロストノスタルジア-』<真珠ノ箱>は、ヒグラシ文庫 店主邸(神奈川県逗子市)にて開催されました。(2011.11.23) 鎌倉と逗子の中間あたりにある寺の参道沿いに建つ一軒家に日暮れを待って集まる人たち。約 25年前に筑豊を大八車で巡業する水族館劇場旗揚げ公演の映像が流れた後、ヒグラシ文庫店主 中原蒼二さんの挨拶を経て、芝居『公然たる敵 -ロストノスタルジア-』、その後に「ストリートの思想(仮題)」と題されたトークライブがありました。
流れの看護婦、時間を彷徨う女、癲狂院[てんきょういん]に閉じ込められる孤児と女優志望、そして怪しい精神医。浜川崎で鉄工所を営む母娘。津波に助けられた精神病患者と救助人。そして精神病患者を世話していた女、精神病官女の夢に見る女。精霊の森の魔王と子分。・・・こうした一見、つながりのない登場人物達がそれぞれの人生の中で大地震に直面し、物語は絡み合い、触発しはじめます。 真珠ノ箱 公然たる敵 -ロストノスタルジア-,水族館劇場 公然たる敵 -ロストノスタルジア-,水族館劇場   ■「公然たる敵 -ロストノスタルジア-」開幕!(水族館劇場NEWS) <http://suizokukangekijou.com/news/2011/11/post-54.html> ■ 公然たる敵〜ロストノスタルジア〜/水族館劇場(白い象 -Caesar Blanca) <http://d.hatena.ne.jp/caesar-blanca/20111124> ■ 水族館劇場「公然たる敵 ーロストノスタルジアー」@逗子ヒグラシ文庫Mの日記@古本T) <http://tmasasa.exblog.jp/17066904/> 公然たる敵 -ロストノスタルジア- 公然たる敵 -ロストノスタルジア-,水族館劇場 公然たる敵 -ロストノスタルジア-,水族館劇場   公然たる敵 -ロストノスタルジア-,水族館劇場 芝居後、毛利嘉孝さん(東京藝術大学准教授)をゲストに招き、毛利さんの友人でもある淺野幸彦さん(クリエイティブ・ディレクター)司会にしながら『<仮題>ストリートの思想』と題された、桃山邑との対談が行われました。 2011年 3月 11日に起きました東北大震災のこと。劇団の活動再開と、震災の状況を踏まえながらも震災以降に芝居を作り続けることの意味と決意が語られました。 淺野幸彦 毛利嘉孝 桃山邑真珠ノ箱 公然たる敵 -ロストノスタルジア- <http://suizokukangekijou.com/news/2011/11/post-52.html> 出演: 千代次/鏡野有栖 南瑞穂/山本紗由(23,24のみ) 上山薫/増田千珠/夕暮半蔵門 杉浦康博/臼井星絢/藤内正光/七ツ森左門/赫十牙 麝香姫/風兄宇内 マディ山崎 料金: 当日のみ ¥2,000/三日間通し券 ¥3,000(当日木戸で特製チケット配布) ----- トーク: ストリートの思想  毛利 嘉孝 <http://ja.wikipedia.org/wiki/毛利嘉孝> 桃山 邑 淺野 幸彦 <http://d.hatena.ne.jp/caesar-blanca/> 日時: 11/23(水 祝) 昏くなるまで待って 17:30〜 会場: ヒグラシ文庫(店主邸) <https://www.facebook.com/higurashibunko> 住所: 神奈川県逗子市久木 9-1-26 小屋主: ヒグラシ文庫 <@higubun> 中原蒼二 <http://ho-bo.jugem.jp/> ストリートの思想  

「公然たる敵 -ロストノスタルジア-」開幕!

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逗子・ヒグラシ文庫にて移動公演「公然たる敵-ロストノスタルジア-」が開幕致しました。明日24(木)は日暮里 古書信天翁、26(土)は千駄木 古書ほうろうへと移動します。みなさまのご来場をお待ちしております。ヒグラシ文庫では対談「毛利嘉孝VS桃山邑」司会 淺野幸彦も行われ、3.11以降の私たちのあり方と芝居が差し出す円環構造との関連について白熱の討論が繰り広げられました。
公演・展示の詳細はこちら


写真左:千代次演じるがら photo by 山田しげる

写真右:真生雲母作の三日間通し特製チケット

[イベント]水族館劇場「公然たる敵 ー ロストノスタルジア ー 」

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この旅に終わりはない

地上はすでにはるかなる睡りに誘われた 重いまぶたがまなざしを塞ぐ それでも瞬くことをあきらめない星星への連帯の挨拶を送る!

テアトロの月のぼる宵闇 帰るべき場所をもたない棄郷者たちが奏でる忘れられたララバイを聴け!(チラシより)

詳細⇒水族館劇場HPインフォメーション

11月23日(水・祝) 真珠ノ箱

  • 場所: 逗子 ヒグラシ文庫
  • 芝居:「公然たる敵 ― ロストノスタルジア ― 」 水族館劇場
  • 対論:「〈仮題〉ストリートの思想」 毛利嘉孝 VS 桃山邑 司会・淺野幸彦

11月24日(木)宵闇19時 彗星ノ箱

  • 場所:日暮里 古書信天翁
  • 芝居:「公然たる敵 ― ロストノスタルジア ― 」 水族館劇場
  • 故郷喪失展 11月20日(日)〜26(土)

        「KUMA・山田しげる・鈴木遊のまなざし」

        「宮井雅仁・杉澤靖昭・入方勇の呼ぶ声」

        「山本紗由の紅い糸」

11月26日(土)黄昏16時 水晶ノ箱

  公演当日は、設営のため古書ほうろうは休業、公演のみの営業となります。

  • 場所:千駄木 古書ほうろう
  • 芝居:「公然たる敵 ― ロストノスタルジア ― 」 水族館劇場
  • 坐談:「水の劇場をいろどる千里眼たち」 梅山いつき*1 + 津田三朗*2 + 近藤ちはる*3 + 中原蒼二*4
  • 鉱石の夢展 11月26日(土)〜12月3日(土)

        「中原蒼二の見た幻」

        「津田三朗の技」

        「もうひとつの近藤ちはる」

 ※「鉱石の夢展」は12月26日の初日に設営となりますため、本公演にご入場いただいたお客さまのみご覧いただけます。

  27日以降は、通常営業中にご覧いただけます。多くのお運びお待ちしております。


見料 当日券のみ 2,000円/3日間通し券 3,000円 (11/23 ヒグラシ文庫、11/24 古書信天翁にて販売)

   ※ 各公演ともご予約は不要です。開演時刻30分前よりご入場いただけます。



2000年、水族館劇場がこの町にやってきました。駒込大観音光源寺の境内に継ぎ接ぎだらけの異様なテントが建ち現れました。「水族館劇場」と描かれた幟は色褪せ、木戸には大漁旗、貼られた大きなポスターは雨に打たれ破れかけ、垂れ下がった鯉のぼりがおいで、おいで、しているようでした。

この年の公演は、「廃墟の森のデイアスボラ」でした。後悔しています。あのテントを見る瞬間まで、古本屋をしていること以外はごくふつうの30代女をしていましたので、どうしてもあの木戸をくぐる勇気が持てなかったのです。

数日して、あきらめきれずに境内に足を運ぶと、異界への入口は忽然と消え、いつも通りの境内に戻っていました。

あれは、幻だったのだろうか…。狐につままれたような一年を過ごしたのち、境内にある日突然、またテントが現れました。チラシを持ち帰り、早速電話をしました。「近くの古本屋です。うちにもチラシを置かせてください。」

これがすべてのはじまり。

まさか、この店にあのお芝居がやってくるようになるなんて。今年で3回目ですが、未だに人生何がおこるかわからんな、と思います。

馴れ合いを嫌い今年の公演を辞した水族館劇場でしたが、やはり芝居者の血は噴き出す先を求め、観客は渇望したままこの一年を終えることに満たされない思いがありました。

今年も水族館劇場の幕が開きました。

(ミカコ)

*1:梅山いつき(うめやま・いつき)1981 年新潟県生まれ 二年前に早稲田大学演劇博物館での現代演劇シリーズ「やぶれ船で流浪する水夫たちー水族館劇場の二十年の航跡」で出会う。昨年の企画展「広場をつくる・広場を動かす―日本の仮設劇場の半世紀―展」では構想から展示まで中心となる。水族館劇場「NOMAD 恋する虜」では制作も担当。ロックバンドKISS とジョーヘンリーを愛でる大酒呑み。

*2:津田三朗(つだ・みつお) 1957 年兵庫県生まれ 九州大学芸術学部技官。劇団健康相談主宰。天幕芝居「約束の迷宮」には水族館劇場精鋭部隊が合流。箱崎宮の浜辺に玄界灘をみはるかす。肩書き以外にも、NTT ドコモCM 森の木琴、九州各美術館での黒子的活動を展開。水族館劇場には役者としてだけでなく、美術小道具としても関わる口も手もやたら速い芝居者。博多遠征野外公演の呼びかけ人代表でもある。

*3:近藤ちはる(こんどう・ちはる) 1978 年山梨県生まれ ウルトラグラフィックス所属。2005 年JAGDA 新人賞を歴代最年少で受賞。コカコーラ、NTT 東日本、映画、TV ドラマの広告デザインを巾ひろく手がけるいっぽう、ポスター、FISHBONE など水族館劇場の発信するオフィシャルな宣材のすべてにアートディレクターとして関わる。どんな場所でも眠れる特技を持つ。ダンベルで鍛えるプロレス愛好家。大酒呑み。

*4:中原蒼二(なかはら・そうじ) 1949 年東京都生まれ 水族館劇場制作。鎌倉立ち呑み「ヒグラシ文庫」店主。「-NOSTALGIA-月と篝り火と獣たち 」では、小倉駅裏の広大な空地に海 の砦建立を実現。北九州での天幕芝居空前の観客動員を記録。その後もさまざまなイベントを企画して現在にいたる。桃山、千 代次とは曲馬館時代からのつきあい。大酒呑み。

故郷喪失展

古書信天翁 水族館劇場2011秋移動公演『公然たる敵 -ロストノスタルジア-』にともなう企画展『故郷喪失展』が古書信天翁にて始まりました。(2011.11.20〜26) ■ 「故郷喪失展」始まりました!水族館NEWS) <http://suizokukangekijou.com/news/2011/11/post-53.html>
水族館劇場の専属カメラマン KUMAさん、千代次さんのご家族で幼いときより水族館劇場を見つめ続けた鈴木遊さんが撮影された水族館劇場とさすらい姉妹の 50点近い貴重な未発表写真展。(拙ブログの写真からも何点か展示して頂きました) 2010年に亡くなられた 3人の劇団関係者の映像と写真展。 宮井雅仁さんは、桃山邑さんとともに大八車を押して筑豊を巡業した劇団旗揚げ公演に関わる3人のうちのひとりでした。 杉澤靖昭さんは 2005年秋『NOSTALGIA 月と篝り火と獣たち」で、北九州の運河に建てられた巨大テント"海の砦"の舞台監督でした。以後、大仕掛けが増していく、2007『FLOWERS OF ROMANCE-花綵の島嶼へ』、2008『Noir 永遠の夜の彼方に』の舞台監督を務められた後、癌を患い、闘病生活を送りながらも水族館劇場へと顔を出してくれました。 入方勇さんは二十歳の時に芝居がしたくて北海道より上京。見世物小屋興行を起ち上げながらも水族館劇場の芝居に出演し続けました。 水族館劇場の音楽演奏として2010年より参加されている山本紗由さんが主宰される「箱庭コラァル」や、「混沌の首」での活動を伝える印刷物や映像。 古書信天翁彗星ノ箱 展示: 故郷喪失展 日時: 11/20(日)〜26(土) 13:00 -22:00(日曜祝日 11:00 - 20:00) 月曜定休 KUMA☆山田 しげる☆鈴木 遊のまなざし 宮井 雅仁杉澤 靖昭入方 勇の呼ぶ声 山本 紗由の紅い糸 住所: 荒川区西日暮里 3-14-13   芝居: 公然たる敵 -ロストノスタルジア- 水族館劇場 <http://suizokukangekijou.com/> 日時: 11/24(木) 宵闇 19:00〜  会場: 古書 信天翁 <http://www.books-albatross.org/> Blue cat写真スタジオ <http://bluecat-s.com/> 小屋主: 古書 信天翁 <http://www.books-albatross.org/> 山崎 哲 <@books_albatross> 神原 智子 <@kgogoso>

水族館劇場公演 公然たる敵 ロストノスタルジア 於★古書信天翁

11/24(木) 水族館劇場公演  公然たる敵 ロストノスタルジア ☆彗星ノ箱☆  於★古書信天翁 刻★宵闇19時 チケットの予約、先行発売はございません。当日18時半より古書信天翁にて到着順受付です(見料2000円)。なお、公演は信天翁の上、3FのBlue cat 写真スタジオ が劇場となります。トークなどの付随イベントはありませんが、集中して芝居を楽しむには最も適した箱です。各日内容・・・

震災日録 11月19日 丸森では子どもの甲状腺検査

パシフィコ横浜で視能訓練師の大会。3000人の大ホールで原田病について語る。後半、井上眼科の若倉先生と対談、視力では測れない、見え方や見えにくさ、疲れやすさ、まぶしさなどについて意見交換。午後、コスモス見にいくつもりだったが、雨が激しくなり、東海道線が遅れ、京浜東北線にまで乗り換える体力がなく結局いかずじまい。
大ホールで話した後に掛け持ちなどできる体力ではないことを肝に命じなくては。
人の多いところへはいかない、まぶしいところ、うるさいところには近づかない、確約はしない、疲れたら休む、義理を欠いても。伊藤信吉さんが長生きの秘訣として「よく寝、よく食べ、義理を欠く」と言っていらしたが。でも、そう長生きもしたくない。
帰って2時間ほど寝たら回復した。丸森の耕野と筆甫では宮城県で初めて希望者の子どもに甲状腺の検査を始めるという。実現するまでに味噌作りの太田さんたちがどんなに努力されたことだろう。

震災日録 11月18日 反原発の女川町議高野さん2位で当選

朝から5月に行ったいわき市への炊き出しの画像を見ている。この中から「津波の脅威」「天心六角堂消滅」だけはサトコが編集してくれたが、あとは「いわきモスクの炊き出し」を編集中。ほかのお話を書き起こす。『世界』の連載を書く。夕方、東京大学の大学院で講義、さすがにほとんど全員が質問をしてくる。「東京駅は空襲で被災した姿が歴史の証言ではなかったか。復元工事は空中権を移転した金で賄われている。そのため景観はむしろ悪くなったのではないか」という疑問はもっともだ。わたしの中でも結論はついていない。しかし東京駅の復元をお願いしたこともないし、それの提灯持ちをしたこともない。保存運動に関わっただけだ。もし反対意見があるなら、その方たちが復元反対運動を起こし、説得するべきだった、と思う。
この13日、女川でお会いした町議高野博さんは今回、町議選で567票、2位で当選。共産党が2位、3位となり、得票率の22%を占めるという結果。「町民がいかに原発に疑問を持っているかということですね。原発に反対して来た女川漁協の阿部宗悦さんの娘さんも当選し、いっしょに原発を止める活動ができそうです。石巻では初めて共産党の県議が当選しました」。息子さんたちはどうしてらっしゃいますか。「女川体育館に11月6日までいたんですが、やっと8ヶ月にわたる避難生活を経て家族が一諸に暮らせるようになりました」。あの隣りに立派な3階建ての仮設が立ちますね。「きょう30キロの米を届けに行ったのですが、三階まで上がるとひーひーいって。森さんの作ってくれたビデオは私のブログからも見られるので、静かなブームを呼んでますよ」

震災日録 11月17日 祝島の校長

上関原発に反対している住民の多い祝島の小学校の山本校長が辞表を出されたという。
実態を調べれば調べるほど原子力は安全でないことがわかり、安全宣伝の教科書を配布する文科省にも疑問を抱いた。校長会で「原子力・エネルギー教育について県教委の意見をお聞きしたい」と質問したところ、「TPOをわきまえない発言」と注意された。「校長は中立であるべき」ともいわれたらしい。中立でないのは文部省の方だ。山口県の校長会も県教委も最低レベルなことがこれで明らかになった。
娘によれば福島原発の内部写真公開などはTPPを騒がれずに推進するためのめくらましだという。普天間も八ッ場も原発にそっくりなのに、また事故が起きてからでないと目が覚めないのか。それとも「放射能じゃないから関係ねえよ」というのかな。八ッ場ダムのパブリックコメントを私も経産省に出した。しかし11月3日に130件だったパブコメが4日に5000件になったというのは、どんだけヤラセ? という意見あり。
久しぶりにツイッターをのぞいた。南で谷根千のおいしい店談義、西で高山宏ファンの盛り上がり、東はTPP、北は原発と八っ場ダム。多様性というかヘンというか。
今日は日帰りで千葉へ、地境の確定のため。うらうらするかがやく海を眺め、ビールをのんだらすごくいい気持ちだった。行き帰り、しごと。

震災日録 11月16日 尊敬する農業者

山形県長井市の百姓、菅野芳秀さんより野菜や玉子が届く。彼言うに「東京のスーパーなんかで売っている野菜は紙みたいなもんだよ」。長井は9万人の人口の半分を占める都市部の生ゴミをすべてコンポストで肥料化して、農村部で堆肥として使い、有機農作物を育てている。NHKの取材で知り合って以来の友だち。「たまには体を休めに湯治に来てください。いい温泉紹介するから」。同じ日、京都綾部の田中ふきこさんからなし、柿、りんご、銀なんなどいただく。田中さんはご主人が農業をやりたいと帰農し、ご主人亡き後も独りで農園を守ってこられた。「豚の子宮に腕を肩までつっこんで赤ちゃんをなんど、取りあげたか」というすごい方。梅棹忠夫先生の妹さんである。東京でも12月にかけ梅棹忠夫展が開かれるという。いかなくちゃ。四手井綱英先生の本を書いたとき「いい本を出して下さいましたな」とおっしゃった声を忘れない。秘書の方の朗読で読んでくださったのだった。そこへ島根の百姓佐藤忠吉さんからも電話。「津波で亡くなられた方の気持ちは私も土石流で幼い次男を亡くしているから少しは分かる。うちも3度やられましたけん。じゃが今度のは町全体やられてなくなっとる。大変ですな。なくなられた方には気の毒だが、というかその方たちのためにも今回のことをチャンスに世の中をかえなきゃいけん。もすこししたら米を送ります」。三人の尊敬する農業者から連絡がきた。TPPなんてとんでもない、というかんじ。今日は中島岳志さんたちと日本橋の団琢磨暗殺現場へ行った。そしたら東京スカイラインとかいう川下りの舟が来たので乗ってしまう。川から見る東京は不思議な感じ。爽快。

震災日録 11月15日 チーズ工場の閉鎖

石巻旧河北町尾の崎の坂下さんから電話。尾の崎の集落は水に陥没して交通も不便になり、住民はもとに戻れないと思っています。スレート瓦の素晴らしい家々が解体を始めるところだという。どうにかならないか!とおもえどもわれ無力なり。買っても使えないしなあ。
社会福祉協議会の安藤さんからのメール。「先日お話をうかがった丸森町についての記事で、丸森町でチーズ職人をされている方が、チーズ工房を閉じ、ご実家の横浜に戻られるという記事を読みました(毎日新聞夕刊10月20日)。 売り上げ減の原因が、風評被害であること、工房を閉じることが決まった後、駆け込み需要で売り上げが跳ね上がったことなど、震災の影響が直接の被災者だけにとどまらない、被害の広がりをあらためて感じさせられました」。新聞記事は見ていないが知っている人だと思う。夢を抱いて農村にきた人々の夢が次々うちこわされていく。
今日も志ん輔さんの三晩目。幾代餅、文七元結。このまえ仙台文学館で話したばかり。

震災日録 11月14日 浜岡もまだあぶない

朝、静岡放送の記者から電話が会ったので聞いてみた。「浜岡が止まったといったって冷温停止まではまだ相当かかるんでしょう?」「使用済み核燃料だけでも6000本あるんです。いまなにかあったら終わりです」
奥歯を抜く。それで今日も夜は寄席。志ん輔師匠の夢金と芝浜。落語は博打打ちや遊び人が心を入れ替える話が多い。そして最後はハッピーエンド。石巻では一時金や義援金をカラオケやパチンコで使っちまう話をよく聞く。家も仕事もなくして、捨て鉢にもなる気持ちは分かるが、まだ若い。どうぞ明日から真面目に職を探そう、働こう、と思ってくれないか。落語の出前もいいなと思った。帰ったらちょっと熱っぽい。「歯を抜いた日に寄席にいくなんて、ばか」と娘。

震災日録 11月13日 志ん輔三夜

朝からたくさんのたまった仕事。志ん輔三夜の第一夜。国立演芸場。掛け取り漫才で笑わせ、お直しで泣かせた。じつに芸達者。歌舞伎から義太夫、新内、三河漫才までこなす。初めてでしたが、ぜひ来年、円朝の累が淵をやっていただかなければ。
こどもたちに原子力の安全性を学習するテキストを作ったり、作文の賞を出したりするお金が電気料金の中に含まれているんだって。それで今年も4200万円もかけて作文の賞を出すのを去年と同じ原子力文化なんたら機構とかいう天下り団体が受注したんだって。こんな話ばかり放送でやる時代になった。ほんと官僚はいい度胸している。
石巻の坂下さんと電話。12月12日月曜日にパリ祭ならぬ牡蠣祭をすることに。

震災日録 11月12日 疎開の思い出

朝、ご飯の時にあった同宿者は、浅草の田原小学校出身、おうちは鯨やというラシャ問屋だったが、3月10日の下町の大空襲にあって母方のふるさと津和野に疎開。「第二のふるさとですよ。浅草のごみごみしたところで育ったから自然の中の中学の2年間は本当に印象深い。のんびりしていじめもなくみんな優しかった。東京へ帰るのはいやだったな。浅草には戻らずいまは世田谷です。でいまも津和野の友だちとつき合って、時々来ます。きょうは永明寺でコンサートがあるので」と楽しそう。
乙女峠にお詣りに。ここは浦上のキリシタンが明治維新後、お預けになって拷問の末、多くなくなったところ。森鴎外はそのことに一切触れていない。そのあと永明寺に森鴎外のお墓参り。かえりにヨモギの葉を沢山摘む。オキナワでそばにいっぱいいれていておいしかったから。十時から安野先生解説のプラネタリウムを見る。星と暦、天動説など興味深くわくわくした。これを見るだけでも入場料の値打ちがあるし、これを見なかったらもったいない。帰ってヒロシと久しぶりに外食。リークック。