6月22日-23日 小諸へ

島崎藤村や木村熊二のことでずいぶん昔たずねた中棚荘で藤村文学賞の選考。これは一般市民、高校生、中学生などのエッセイを対象とするもの。高田宏さんはじめ選考委員も気の会う人ばかりで楽しみである。選考以外でも今回の地震や原発事故についていろいろ教えられる会話があった。「災害は人間の値打ちのリトマス試験紙」という高田さんの言葉がわすれられない。伊勢湾台風から取材をしてこられた高田さんは遺体から金歯を抜き取るような人もいれば、新妻を流れている家の屋根に押し上げ「お腹の子をよろしく」といって力つきた夫もいた、という話をされた。まるで映画『タイタニック』のようなはなしだ。伊勢湾台風のあと、高田さんはあまりに凄絶な現場を見、泥のなかを漕ぎ回ったせいか体調を崩したという。またチェルノブイリの事故の後、3日で野間宏、針生一郎と三人で反核声明を出したという。そんなことがあったとは知らなかった。

震災日録 6月21日 谷中コミュニティセンター

同センターをせっかく防災に力を入れて建て替えるなら、3・11以降の知見・教訓をいれたものに、ということで、台東区に意見交換に行く。地域住民への説明会は開かれているが、まだ参加者も少ないし、いまなら関心も高いのでざっくばらんに話し合う会をしたいということで、合意。7月8日夜に行われる予定。

震災日録 6月20日 巨大情報サーバービル

とうとう静岡のお茶からもセシウムが出てしまいました。5月末に静岡に行った時は箱根の山でさえぎられて静岡は大丈夫と言っていましたが。海江田経産相の再稼働の発言に、原発のある県の知事は反発しています。

<東電も政府・財界いかにせむ、まされるたから子にしかめやも>

「いのち」の観点からすべてを考えればとてもシンプル。

町であう赤ちゃんや子どもがかわいくて嬉しくてありがたくてしかたがない。

鎌田慧さん澤地久枝さんたちが原発是か非か国民投票をしようと呼びかけておられる。

趣旨には賛成だが、いまの日本ではイタリアと同じ結果になるかどうか。

イタリアとドイツと日本で脱原発三国同盟を作ろうという案もある。おもしろいけど他にも入りたい国があるんじゃないの?

薮下で蛙のぺちゃんこになった死体を見る。薮下の景観はすっかり変わった。30年前を知っていると、谷根千も建て込んで、つまらない町になった。

<いまごろになって谷根千いいという人が多くてわれ鼻白む>

千駄木駅前のNTTは地域住民の反対を押し切って工事を着工。こんな下町の商店街の真ん中に、巨大な窓もないような情報サーバービルを造ろうなんて常軌を逸しているが、よみせ通り商店街は反対したのかな。地域振興には何も寄与しないビルだ。これが既存建物の増築だとは、ばかも休み休み言ってほしい。許可した都、責任のがれの区はなにを考えているのだろう。ぜったい、近隣住民の役に立つどころか、景観上も生活の質を下げるうっとおしいビルになる。東電とおなじくNTTは大スポンサーなのでメディアも東京新聞をのぞいては書かない。電磁波、低周波、換気扇の熱風や騒音の被害が予想され、東電とおなじく住民に健康被害があってからでは遅い。

震災日録 6月19日 ちゃ太郎らいぶ

我らがウーロン亭ちゃ太郎さんが、ブリックワンへ帰って来た。着物に羽織のオペラ落語が、こんどは真っ赤なジャケットでオペラとファド。あいかわらずのわかりやす~い独自の解釈で湧かせる。それにしてもみんなで歌うっていいなあ。

「くらいはしけ」は原題は「黒い船」

波にのまれる恋人の船。

~愛するあなたは死んだんじゃない、いつも私と一緒とみんなが言うわ~

ちゃ太さんの名訳。ああ、石巻で歌ってほしいな。もうすこししたら。

北上で聞いた話を思い出す。押し寄せる津波に、船を守ろうと海の男は津波に向って船を出した。なんてバカな。無謀なことをするの。高台で知り合いの女たちはみんな泣いてた。でも男はみごと波を乗り切って安全な沖にでて、無事に帰ってきましたとさ。家へ帰ってからもユーチューブでファド漬け。

フクシマ2号機、換気。南風。

http://www.dwd.de/wundk/spezial/Sonderbericht_loop.gif

震災日録 6月18日 東京のバックヤードとしての東北

歯がますます腫れてきた。毎日眠りの質も良くない。夢を見る。

なぜか田舎で私は馬を飼っていて、茅葺きの小屋に暮らしている。小屋をたたんで東京に帰るので、父と母が見に来た。夕鶴のよひょうみたいなおじさんが送別会をやってくれ「あとは馬の世話はしてやっから」というのだが、母が手招きして呼ぶので行くと、「さっき馬の世話代だと言って50万円払わされた」という。大好きだった田舎に裏切られた気もちになって泣きながら東京へ帰る、という夢である。寄田君が南相馬に被曝馬救出に行ったら持ち主にお金を要求されたという話を聞いたせいか。ユングが聞いたらなんていうだろう。

2時から記憶の蔵で、「東京のバックヤードとしての東北」を見る。

「和賀郡和賀町」

岩手の内陸部の町、8月のお盆にはみんなが帰ってくる。仕事がないので東京に出稼ぎにいった人たち。成人式、運動会、戦死者の慰霊祭も行われる。体育館で酒を飲みかわす未亡人たち、皆和服で大きな髷を付け、金歯が光る。男たちはそれぞれの戦争体験を語る。人肉を食べた話、捕虜にきんぴらごぼうを食べさせたら「木の根を削って食べさせた」としてBC級裁判で長い判決を受けた話。町長は、列車の車掌をしていて、学生が横文字を読んでいるのを見て発奮して二高から帝大に進み、内務省で戦時の徴用令を書いたという。いろんな人の人生、そして第三次構造調整で農家の集約化が始まり、二男三男は東京の傾斜生産方式による高度成長を支えるための労働力となっていく。

たしかに。東北道を走っても、常磐道を走っても、倉庫、石油タンク、火力発電所、すべて東京を支えるためのバックヤードだと感じることが多い。東京にもいくつもの面があり、私たち谷根千の町のように、大企業に勤めないで好きなことしてどうにか暮らしている人が多い生活都市東京もあるのだが。

「富ヶ谷国民学校」

NHK近くの富ヶ谷で集団疎開のころの貴重なフィルムが見つかった。とったのは井上医師。子どもたちは次世代の戦力温存のため、まずは静岡へ、それから青森へ集団疎開する。食べ物は大根飯に大根の味噌汁、南瓜の煮付け、でもみんな縄跳びやチャンバラごっこで発散、シラミはうようよいた。中には広島へ縁故で移転、原爆で死んだ子もいる。戦後に十数年経って、かつての仲間が集まる。もう憶い出したくない、という人も。なつかしい、と言う人も。子どもだけでも安全な田舎に逃れさせほっとした表情の両親。

フクシマの子供たちも、集団疎開させた方がいい日が来るのではなかろうか。共同体がうまく機能している面もあれば、避難する意志を鈍らせている面もある。お上意識の強い東北では、まず知事がその先頭に立ってよびかけないとダメかも。そういえば日教組は何をしているんだろう。影うすいな。

震災日録 6月17日 アンペアを減らす

東京電力に電話をして「節電に協力したいのでアンペア数を減らしたい」というと翌日、作業の人が来てくれた。ここに引っ越し以来、アンペア数はこんなにいらないんじゃないか、と思いながら忙しさにかまけて変えなかった。60アンペアあったがうちの電気の使用量では40あれば充分のようだ。エアコン一台で最大18アンペア、それと電子レンジを付けると14、5アンペア、照明用電気は一個2アンペア、何時もついている冷蔵庫が2アンペア、パソコンを入れても30で大丈夫そうだが、余裕を見て40にした。これで基本料金は1638円から1092円に。一年で6000円、15年で9万円も東京電力に余分にはらっていたことになる。バカな私。

震災日録 6月16日 東京駅屋根のスレート、最終報告です。

三ヶ月した頃が一番疲れが出るという。石巻から気仙沼、その様子を見てきただけで疲れがどっと出て歯が浮き、腫れて来た。被災地のみなさんの疲れも思いやられる。

東京駅のスレートについても、出る釘はうたれるのたとえ通り、ブログに対する誤読や批判の匿名のメールが来るようになり、心は重い。この国では何かを率先してやろうとする人の足を引っ張ることになっている。まあ、それは谷根千で経験済。

この話自体、被災地の小さな企業が困っていることの実情をたった17人の人に回したメールがきっかけだった。それが要望書に発展し、あっというまに5000人の賛同者が集まったことにも驚いたが、ネット社会の恐さも感じた。またそれぞれの新たなコメントが付けられて伝言ゲームのようになってしまう。

とにかく被災スレートは使えるだけは使っていただけることになったので、他にもしなくてはならない仕事は山ほどあり、私は東京駅のスレートについてはこれで終わりとする。現況については「赤煉瓦を愛する市民の会」のホームページでご覧ください。

*「スペイン産瓦を元々7割も使う予定だった」ことについては私たちは知るわけもありませんでした。4月にJRから聞いて新しくわかったことはその後、賛同者の方たちへは報告してあります。

*賛同者のなかに塩害を心配されている方がいたので、独自に調べてみようとスレートのかけらを持ってきましたが、それは道路などに散乱していて瓦礫として片付けられるべきものを熊谷さん、木村さんの許可を得て「どっちみち使えないものだからどうぞ」というのでいただいてきたものです。塩害はまったく心配ないようです。

*いっぽう「雄勝のスレート産業を復興する会」の口座には現在、多くの支援金をいただいております。この場を借りてお礼申し上げます。代表者がないと口座が開けないので、いちおう私の名で作りましたが、「東京駅を愛する市民の会」へ通帳はお渡ししました。これはJR東日本とはまったく関係ありません。これから洋館を葺く国産材スレートを確保するため、地場産業を育成するためのものです。

[たより] 今週末のしのばずくん

5月26日(木)から7月4日(月)まで、仙台で「6月の仙台は本の月」をキャッチフレーズに開催中のBook! Book! Sendai 2011に、今週末はいよいよ不忍ブックストリートからも参加! 応援に(お客さんとして)も行きます。

そこで、今週末の不忍ブックストリートの仙台と東京(お留守番)のお知らせをアップします。

まずは《仙台編》

★ 一箱古本市に参加するのは『古書ほうろう』

  • 日にち:2011年6月25日(土)
  • 時間:11:00〜16:00
  • 会場:サンモール一番町商店街

古書ほうろうは、6月24日(金)と25日(土)は臨時休業となります。

http://d.hatena.ne.jp/koshohoro/20110622

★『古書信天翁』はSendai Book Market 2011「出張わめぞ」内に出店!

  • 日にち:2011年6月25日(土)
  • 時間:11:00〜17:00
  • 会場:サンモール一番町商店街

http://bookbooksendai.com/2011/bookmarket.html

古書信天翁は、6月24日(金)は臨時休業25日(土)は12時〜20時まで営業(不忍ブックストリート「秋も一箱古本市」を切り盛りしている青秋部が信天翁の帳場に入ります。乞うご期待!)http://www.books-albatross.org/

★ 出版者ワークショップ 出張版・仙台編「未来に届ける本づくり」

講師は不忍ブックストリート代表の南陀楼綾繁(ライター・編集者)、ゲストの丹治史彦さん(編集者)は助っ人&店主でも活躍。

  • 日にち:2011年6月26日(日)
  • 時間:13:30〜17:00
  • 会場:クラックス3階 +R会場内(仙台市青葉区一番町3-3-1)

詳しい情報はコチラ

【重要】ナンダロウさんは「古本けものみち」で、また丹治さんは「信陽堂編集室+QuietBooks」で一箱古本市にも参加です!


そして、《会津編》

6月20日(月)〜26日(日)福島県会津若松市で、「会津のまちで本に出会う。」をキャッチフレーズにBook! Book! AIZU を開催中。 一箱古本市は26日(日)、東北ブックコンテナも開催中です。

[イベント][出した本]仙台の一箱古本市に出店します!

2年越しの夢が叶い、今週末、いよいよ仙台の一箱古本市に出店します。

Sendai Book Market 2011 一箱古本市

http://bookbooksendai.com/2011/bookmarket.html


不忍ブックストリートの一員として、一箱古本市の運営にはかれこれ10回以上携わってきましたが、実際に出店するのは今回が3回目。しかも過去2回は私物を売ったのに対し、今回は初めて店の本を出します。そんなわけで、どんな品揃えにするかひじょうに悩みましたが・・・。結局好きな本を持っていくことにしました。


で、ぼくの好きな本といえば、内容もさることながら装幀の美しいもの。たとえば、こんな本です。


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 車谷弘『銀座の柳』(文藝春秋) 装幀:風間完 


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 舟橋聖一『夜の美しさ』(講談社) 題字・装幀:高沢圭一 


以上2冊は、画家の手になるものですが、装幀家やグラフィックデザイナーの素晴らしい仕事もあります。


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 蘆原英了『サーカス研究』(新宿書房) 装丁:田村義也


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 『ピンター戯曲全集』第1巻(竹内書店) デザイン:杉浦康平


そして、尊敬する書き手の、もっとも美しい本。

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 油井正一『増訂 ジャズの歴史』(東京創元社) 装幀:松田正久


こんな雰囲気の本を、50冊ほど用意しました。これらを肴に、みなさんとあれこれお話できたらうれしいです。せっかくのお祭りなので、お値段も正価より少し安め。買っていただければ尚うれしいですが、何はともあれ、ご来場お待ちしております。

(宮地)


【追記】

 ここで紹介したものを含め、出品した本の一部を、品出しした際のツイートとともに、togetterにまとめました。よかったら、こちらもご覧ください。

仙台の一箱古本市に持っていく本 http://togetter.com/li/152405

文京区での放射能の測定

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 第二回定例会での質疑を報告します。

 各会派からの代表質問では、福島原発事故を受けて、放射線量の測定を求める質問が出されました。

 区内においても幼児を持つ保護者から、幼稚園や保育園の園庭、公園など子どもが遊ぶ場などでの定点測定を求める声が相次いでいます。

 その声を背景に、全ての会派から、測定について質問が出されたものです。

 区長からの放射線の測定についての答弁のポイントは、①東京大学で、3か所での測定を実施している。②3月15日から5月31日までの78日間の積算被ばく量を計算すると、0.292ミリシーベルトになり、この値を1年間に換算すると、1.366ミリシーベルトになる。③本郷地区の地表と宇宙線からの自然放射線量は、地上1mで1年間に0.645ミリシーベルトで、この分を除けば、1年間に0.721ミリシーベルトとなり、国際放射線防護委員会が勧告する、「自然由来を除いた1年間の被ばく量を1ミリシーベルト以下に抑える」という基準を満たしている。④給食についは「(汚染された)食材を使用することはない。

 したがって「区単独で測定する予定はありません」とのことでした。
 放射線量の安全基準の評価、測定には、専門家の間でもさまざまな意見があります。

 また、これまで国や、東京電力が「絶対安全」を繰り返し、原発のトラブルや危険性にフタをしてきました。だから、私たち一般市民は不安を感じているわけです。

 東村山市では30箇所の測定を行うなど、他の自治体では独自の判断で測定が行われています。また、横浜市では給食の食材の測定を行い数値を公表しています。このように、保護者の不安に答えるための努力がなされています。

 ところが、文京区の姿勢は、「数値はHPに公表している」「安全な数値」という理由だけで、区民の不安や疑問に答えていません。

 私は、福島原発事故が終息の兆しが見えない中で、継続してきちんとした計器で定点観測を行うべきだと思います。

 今後、いつ危険な範囲での放射線が流れてくるかもわかりません。
 場合によっては、子どもだけでも集団で避難することも必要になるかも知れません。
 そうした対応も必要になってきます。
 長期にわたる対策に取り組んでいきます。
 
 写真は、63日に行われた第23回反核平和の火リレーです。
 文京区内を走りつなぎ、駒込駅で北区の仲間にバトンタッチしました。
 私も、ランナーとして春日地区を走りました。 

246日目。ニーヨンロクはほぼ3分の2。

1年間を目標にはじめた休煙。
今日で66%がすぎたことになる
のこり33%。
たいしたことないね。
もう全然吸いたいと思わんなあ。
何処にいったんだろうなあ、あのタバコを吸えないときに感じた焦燥感は。

しかし、あっついなあ。

そうそう、こんな記事が。
タバコ増税は成功し、コンビニには追い風 – 大西 宏のマーケティング・エッセンス – BLOGOS(ブロゴス)

自分が止めて(休んで)みて気づいたのは、僕の周囲にはもう割とタバコを必要としている人は少ないということ。


保存修復のメーリング・リスト ConsDistlist に「海水の被害を受けた紙資料の救助」について投稿しました


文化財の保存修復に関わる世界の関係者のためのメーリング・リスト Conservation Distlistに、当社のスタッフが、海水に漬かった紙媒体資料の救助について、Paper damaged by seawater のタイトルで投稿しました。

塩を含んだ紙の問題、その除去法を論じた文献は、保存修復のための文献データベースであるAATA  BCIN を検索しても、皆無です。それほど、今回の津波で被災した書籍、文書等への塩の影響は未知といえるでしょう。そこで弊社のスタッフが、塩を含んだ紙は、含まない紙と比べて、経時したときにどのような違いが出てくるのか、また、紙中から塩を抜くにはどのような方法が有効なのか—-、この2点を問いました。おそらく、以前に Distlist に投稿した「被爆資料の取扱い」に関する時と同じように、多くのコンサーバターや保存科学者が応えてくれると思います。

またこれとは別に国内でも企業あるいは研究機関で、東京文書救援隊の活動をサポートするかたちで、本格的な実験や試験が始まっています。

今後、国内外での情報や成果を公開していきます。


Kaname Shimada : Paper damaged by seawater